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以下は1999112日に東京大学で行われた張国憲先生の講義を日本語に訳してまとめたものです。

1. はじめに

  文法的な角度から言語の特徴を分類する場合、よく用いられるのは、孤立語、膠着語、屈折語という分け方です。例えば、それぞれの典型的な特徴を持つ言語をあげると、中国語(孤立語)、日本語(膠着語)、英語(屈折語)というようなことが言えます。しかし、これらの言語が完全にそのカテゴリにしか属さず、それぞれに全く共通性がないのか、というと、そうでもありません。この分類の仕方にしても、様々な言語が連続する線状に存在しているということが可能ですし、また、各カテゴリに分類されて典型的であると見られている言語の中にも非典型的な要素というものは必ずあるはずです。

 例えば、中国語は典型的な孤立語ですが、これは「厳密な意味での形態変化がない」ということなのです。ここで特に注意しなければならないのは「厳密な意味で」という点です。中国語にとって文法要素の位置は特に重要ですね。これは外在的な形式、つまり表面上に現れた語の位置によって、形式による意味変化というある種の特徴を持ちうることを示しているのです。例をあげて説明してみましょう。たとえば、名詞と名詞の組み合わせです。これらは全て形式的には名詞と名詞が並んでいるだけですが、それぞれの持つ組み合わせによる意義が異なります。

 

  1. 詩人李白 : 同位(同列)
  2. 語法修辞 : 並列 または 連合
  3. 明天春節 : 主述
  4. 語言材料 : 偏正(修飾構造)

 

 さて、中国語の変遷における大きな方向性は単音節から二音節への発展であると言われています。音節の変化にともなって、情報量が変化することは(それが減少するものであっても、あるいは増加するものであっても)言うまでもありません。

 音節は中国語にとって、ひとつの外在的形式と考えることができ、言語の使用において何らかの影響を与えるものであります。このような文法研究では、最も初期のものには黎錦煕(『新著国語文法』)、そして最も著名なものとして呂叔湘などがあります。

 単音節の語が制約を受けがちであるという例を以下に示してみましょう。

 

  1. 小王 *小欧陽 : 二文字の姓の前には「小」や「老」はつきません。
  2. 通県 *昌平県 : 普通、二文字の地名には「県」はつきません。

 

 このように形容詞以外の単音節は制約を受けるということを私の研究のなかで明らかにしているのですが、この形容詞に関するお話はかなりややこしくなってしまうので、今日は形容詞にはなるべくふれないで名詞と動詞にしぼってお話をしていきましょう。

 

二.音節が単語の生成に及ぼす制約について

 

 中国語の中で最も高い出現率を持っているのが二音節の語、次が単音節の語です。ひとつの文の中で、何が他の要素を制約するものであるか、については意見が分かれるところです。動詞が文を制約する、という考え方がもっとも普遍的に見られるもので、たとえば、「  休息  。」や「    。」のように中間に動詞をおいて前後を空白にしておき、そこに何が入るかという操作で動詞が文を制約するという証明をしようとした研究もあります。文は凡そ「自立語」と「非自立語」から構成されます。自立語とは、まあ、名詞のことですね。「非自立語」とは「自立語に従属する概念を表す語」ですから、動詞や形容詞ということになります。当然、自立語、つまり名詞が文を制約するのだという考えもあり、たとえば、いま「脂肪が多い」という概念があったとすると、こんな実験が可能です。

 

  1.   。 : 下線部に入るのは「胖」。
  2.   。 : 下線部に入るのは「肥」。

 

 名詞が動詞を制約するとも言えるし、動詞が名詞を制約するとも言える。どちらにせよ、私たちが最も関心を抱いている組み合わせは「名詞+動詞」および「動詞+名詞」です。

 そして、中国語で最もよく見られるのが単音節と二音節の語ですから、その組み合わせを取り上げて比較検討してみたいと思います。以下に列挙するのは「動詞+名詞」のペアです。

zhang1.gif (184630 バイト)

以上Aの組み合わせは呂叔湘の研究によるもので、このうち「2音節+1音節」の列は全て不自然である、中国語はこう言わないという結論でした。本当にそうでしょうか。

zhang2.gif (153870 バイト) 

Bの表を見ると、2音節+1音節の組み合わせもあることがわかります。但し、▼は修飾構造となります。また、AとBのいずれにおいても、◆の2音節+2音節は全て動詞と賓語の構造になっています。では、さらにつぎのような語を見てみましょう。

 

ここで面白いことが起こりました。右端にある★「出租汽車」は修飾構造とも読めますが、動詞+目的語の構造と捉えることもでき、多義になります。動詞と目的語の組み合わせと見ることもできるし、修飾構造と見ることも可能な組み合わせです。

 

三.音節組み合わせのプロトタイプは何か

 

 プロトタイプとカテゴリの角度から見ると、音節における「典型」をどこに求めればよいのでしょうか。簡単にまとめてしまうと、名詞は2音節、動詞は1音節、形容詞は1音節というのが、典型的な音節構造であると考えています。

 すると、動詞と名詞の音節組み合わせの典型的モデルは、1音節の動詞+2音節の名詞、ということになります。前ページの表で言えば、もっとも典型的なのは 膝 瞬祇 の列です。

 これによって、音節組み合わせモデルを次のように分類することができます。

 

音節組み合わせモデル 典型  1+2  典型的組み合わせは自由である。

           非典型 2+1  非典型的組み合わせは制約を受ける。

               1+1

               2+2

 

 音節は語の生成に影響を与えることが考えられます。ここで次に取り上げるのは「関連性モデル」というものです。関連性モデルは自然言語の認知を示すモデルです。

 

            名詞  形容詞  動詞

      品詞     甲   乙   丙

カテゴリ  音節     ↓   ↓   ↓ 

      文法成分   A   B   C 

            主語  限定語  述語

 上記の↓のような対応関係が考えられ、これまでの文法研究はすべて、これに依拠し、これを対象として行われて来ました。しかし朱徳煕教授の論文はこの考え方に意を唱え、下記の図のような組み合わせも可能であると述べています。

  

 

 

 

つまり固定的な対応関係はないのだと言うのです。当然、全てのケースに当てはまるモデルはあり得ませんが、この中から最も典型的なモデルを探すことは可能だと思います。例えば、

 

 動詞と名詞 ―― 品詞の典型

 2音節と単音節 ―― 音節の典型

 主語/目的語と述語 ―― 文法成分の典型

 

と言うことができるでしょう。

 

四.奇数の組み合わせと偶数の組み合わせ

 動詞と名詞の音節の和が奇数になる組み合わせと偶数になる組み合わせをそれぞれ見ていきたいと思います。奇数の組み合わせには典型と非典型が含まれ、偶数の組み合わせはいずれも非典型です。これによって人間の意味理解にどのような影響が生じてくるのでしょうか。

 以下[ ]は典型、{ }は非典型の音節数を表します。

 奇数の組み合わせ  典型 [1音節動詞][2音節名詞](動詞目的語構造):一義的

          非典型 {2音節動詞}{1音節名詞}

         この非典型の組み合わせでは、それぞれが主語/目的語、述語

         にならないか、あるいは修飾構造を構成します。(p.2の図参照)

 偶数の組み合わせ 非典型 [1音節動詞]{1音節名詞} 

          非典型 {2音節動詞}[2音節名詞]

         この組み合わせはいずれも多義的な構造になります。

         

 

 

五.理解の順序

  奇数の組み合わせで理解はどのように行われるでしょうか。典型と非典型の組み合わせをマトリックスで示してみます。

 

 典型的な音節の組み合わせは文法関係の構造からその意義を理解することができますが、非典型的な組み合わせはご用論的に理解し、文脈を参照することが必要になります。

 典型的組み合わせ: 動詞+名詞 ―― 1+2 → 動詞賓語構造

           名詞+動詞 ―― 2+1 → 主語述語構造

                            ↓

                         典型的な文法関係

非典型的組み合わせ: 動詞+名詞 ―― 2+1 → 修飾構造

           名詞+動詞 ―― 1+2 → 修飾構造

                            ↓

                         非典型的な文法関係

音素組み合わせモデルと文法関係がともに典型である場合が、人間が最も理解しやすい理想的な組み合わせであると言ってよいでしょう。

六.偶数の組み合わせをどのように解釈するか

 音節だけでは偶数の組み合わせについて妥当な解釈を加えることができません。したがって何か別の方法で説明する必要があります。たとえば、「生命度」という概念があり、生命度が高ければ高いほど目的語になりやすいという傾向があると言われています。また「支配度」によっても語句の文法的意味は制約を受けます。以下に2音節+2音節の組み合わせによる例をあげてみます。

 

【生命度】 魯迅 > 方法 (「魯迅」は有生物で、当然、「方法」より生命度が高い)

 学習魯迅 → 動詞賓語構造   学習方法 → 修飾構造

【支配度】 老師 > 学生 (一般的に「老師」が「学生」を支配する)

 指導学生 → 動詞賓語構造   指導老師 → 修飾構造

 

 余談ですが、言語の研究をしていると様々な例外が出てきます。例外を故意に排除するようなことをしないように注意しなければなりません。見つかった例外をあれこれと考えているうちに新しい発見があるのですから。

 さて、人間の認知の特徴として、句や文をひとかたまりずつの単位に分けて理解するという働きがあります。たとえば詩歌では五言絶句に代表される5音節の句の場合、代表的な切り分けは2+1+2となります。これも典型的な音節数に乗っ取った形式による理解を可能にしています。6音節の場合はちょっと変則的ですが2+2+2という切り方になると思います。

 文や句は単位ごとにわけられて理解されるわけですが、これをモジュール化することによって、2+2+2はさらに以下のように分けることができます。

 [2+2]+2 → 1+2  この両者の形式は前述した動詞+名詞、および

  2+[2+2]→ 2+1  名詞+動詞の組み合わせ方に帰納することができ、

                したがって、これらは一義的であろうと考えられます。

 このように中国語においては、音節は非常に重要な役割を果たしています。

 

七.まとめ

 中国語の研究は通時的に言語の変化を見ていくことが重要なポイントになります。

 言語全体の変遷においては以下のような傾向があると言われています。

音韻 ――― 簡素化   語彙 ――― 煩雑化  語法 ――― 簡素化

 動詞は2音節化によって多機能語に変化しましたが、無標の多機能構造になるということは別の角度から見れば簡素化かもしれません。音節が増えることによって情報量は変化します。

 全体的に見れば言語は簡素化の方向に向かっていると言えます。

「全体は部分の総和よりも大きい」ということばがあります。今後の研究においては、互いに関連する者、互いに対立するもの、反対の概念を持つものに対して統合的な解釈を加えていくことが一つの方法となるでしょう。

以 上