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会議通訳のぼやき

以下は通訳メーリングリストへの投稿を編集したものです。


***某月某日、会議が終わったあとで***

 今回の会議も発言原稿や関連資料はほとんどもらえなかった。エージェントに打ち合わせ時間をとってくれ、と強く要求して、当日は開会一時間前に会場に行った。私と同僚が到着した頃に主催者もやってきて、まだ講演者は誰も来ていないから待っていてくれと言われる。この時点で主催団体は講演原稿を全く集めてくれていなかったようで、何か原稿が来たかと尋ねても「ありませんよ!」の一言。

 最初に中国側の講演者二名が来たので早速うち合わせ。ひとりは小さいノートにぎっしりと書いたメモを持っている。「それをコピーさせていただきたいんですが」と頼むと、「走り書きの字で読めないと思うから、今から口で説明する。難しいことは何も言わない」。早口でどんどん説明しているのを必死でメモ。講演の時にはもっとゆっくり話して欲しいと頼むと「わかってる、わかってる」と言う。
 もう一人はメモも何も持っていなくて、その時になったら様子をみて適当に話す、とのこと。

 次に、開会の挨拶をする人が来た。会議が始まる二十分前にあいさつ原稿の有無を尋ねると「これから書く」とおっしゃる。開会五分前にブースに原稿が舞い込み、すごい字で判読に苦しむ。

 他の講演者も皆さん開会ギリギリにやってきて、それぞれ手には原稿がある。こうして、スピーチ開始数分前に次々にスピーチ原稿のコピーがブースに届くという、この業界ではよくある状況がまたもや繰り返された。国際会議に参加する方々に、通訳を介して情報を伝えることの特殊性をわかってもらうのは無理なのだろうか。なんだか、いつも同じことでストレスを感じているみたいだし、つくづく進歩のない業界だなあと思ってしまう。

 中国から参加した講演者の番が来た。「ゆっくり話してくれ」と頼んであったにもかかわらず、私がついていける速度で話してくれたのは最初の三分間だけだった。しかも、メモの順番はめちゃくちゃ。あっちへ飛び、こっちへ飛びで、私はメモを見ることを途中でやめた。聴衆に聞こえている通訳は、たぶん、情報を三割くらい落っことして論理が飛躍し、ところどころ筋の通らないことを言い、大慌ての早口で、全く最低に違いない。ブースの中から小島朋之先生がイヤホンをそっと耳からはずすのが見えて、さらに精神的に動揺する。
 次は、原稿もメモもない、もう一人の中国人講演者だ。何を話すのか分からないので、かなり心配したが、この人は考えながらゆっくりと話してくれて、しかも非常に筋道だったわかりやすいお話で、私の同通もほぼ「完璧!」の出来。私の通訳を聞いている小島先生がにこにこしながら頷いている。よしよし、さっきの失敗を挽回した。やっぱり同時通訳は原稿の有無じゃない(でも原稿を読むスピーカーには原稿ナシでは対応できないよ)。

 エージェントは理想的な状況はどうあるべきか分かっているはずだ。でも、現実にはエージェントはクライアントに強く出られない。何しろ相手はお金をくれるお客様だから。
 それと同様に「スピーカーだけが原稿を持っていて、しかもそれを早口で読み上げたら、ヨーロッパの通訳者ならマイクを切る」という勇気が日本の通訳者にあるだろうか。めちゃくちゃな通訳をして迷惑をかけるより仕事を放棄したほうがいいのかもしれない、と理屈では思うが、もし実際にそんなことをしたらクライアントからクレームがきて、ひょっとしたらエージェントも次の仕事を依頼してこなくなるのではないかと思うし、何よりもその場にいる聴衆からのブーイングが怖い。たとえ筋が通らなくても、ウソ八百でも、声が途切れずに聞こえていればそれで済んでしまうようなことも珍しくない。

 私はこの仕事をしていて「会議はいつも成功する」という法則を見つけた。通訳者が自分の仕事をどのように評価しようと、閉会の挨拶は常に大成功を喜んで終わる。だったら上手い通訳だろうが下手な通訳だろうが、会議の成否には関係がないではないか。それに通訳者は細かく評価されることもない。したがって通訳市場には適切なランクづけもないし、名刺さえ作れば誰でも今日から「会議通訳者」だ。まあ、下手くそな通訳者は市場から徐々に淘汰されていくから、それほど無秩序な状態でもないかもしれないけれど。


***通訳者を取り巻く最近の状況について***

----- 不景気、そのうえ行政改革

 世の中が全体的に不景気になっていることもあると思うが、役所関係はそれにくわえて行政改革で予算を削られ、通訳者の仕事にも影響がでてきた。金曜日に**庁を訪問。以前であれば、**庁は自前で通訳者を雇っていて、視察団付きの通訳者がいても自分たちの行政関係の説明は専属の通訳者にやらせていた。視察団からの質問以外は全部**庁側の通訳者にまかせていたから、私などは「**庁訪問」のスケジュールがあると「ここは半分は休める」と思ってうれしかったのだが、今回は**庁側には通訳者がいなかった。ふむ、日当×万円を節約したな(それに、前なら喫茶店からとったコーヒーにケーキを出してくれたのに、今回は薄いお茶いっぱいだけ)。また、△△庁は中国から毎年視察団を受け入れているが、予算がずいぶん少なくなっていて、地方視察の際に中国の先生方は一流ホテルに泊めるけれど通訳者を含む随行員はグレードをかなり落としたビジネスホテルに素泊まりで、朝食もなし。だから、通訳者は自分でお金を出してホテルの朝御飯を食べるか、前の日に仕事が終わってからコンビニエンスストアでパンなんかを買って部屋でぼそぼそ食べるしかない。まあ、これは別に構わないけど、かなり予算が厳しいってことがわかる。

 そんな状況では、逐次通訳で一日二人雇用するなんて(終日の通訳の場合は通訳者を二名付けるというのが、労働条件の一応の基準らしい)とんでもないことだ。もともと役所関係の仕事では、大金持ちの○○省が主催した会議で二人体制の逐次があったが、そのほかは絶対に一人しか雇ってくれない。さらに、先週の仕事を例にとると、去年は同じプログラムで私は昼間の会議や講義だけをすればよく、夜の宴会は別の通訳者を雇っていたが、今年は宴会も引き受けてほしいとの強い要望で、週に二回も朝九時半から夜十時まで働いた。よく考えてみると、夜だけ別の人を雇うよりも一人に超過勤務させたほうが安くつく。予算が少ない中で通訳の日当も馬鹿にならないから、そのへんで節約しようという気持ちは理解できる。だが通訳者にとっては仕事がきつくなる一方だ。で、お金がないからランクが低くてペイの安い通訳者や、通訳に関しては素人の留学生を雇うかというとそうではなくて、難しい内容の講義や専門家どうしの意見交換をしたいから、やはり会議通訳者でないと困る、とワガママなことを言う(その割に日当は四万ちょっとで、結構バカにした値段)。たぶん、雇用者側ではそれでも高いと思っているだろう。ただぺらぺらしゃべるだけで一日数万円もとる(エージェントが20〜25%はコミッションを乗せるから)、と憎んでいるせいか、朝から晩まで一瞬たりとも休ませない。午前と午後の二時間半ずつの講義でも休憩時間は全くないし、昼御飯も「昼食会」という名の懇談会で、通訳者には絶対に食事をさせまいとしているようだ。

 また、今回は三連休をはさんで視察団を招いたが、これは通訳者の日当を一日分節約するためだと私は睨んでいる。連休中は中国の先生方には政府機関で研修を受けている中国人留学生をガイド代わりにあてがって、ガイド通訳を雇用せずに経費を節約しているし。

 中国語の通訳者は、ほとんどがこういう状況で働いているわけで、私の先輩にあたるような人でも、やはりそんなに優雅な仕事はしていなくて、自分のプライドを傷つけられような扱いを受けることも少なくない(通訳者ごときがプライドを持つ必要はない、という考え方もあるかもしれないが)。
 私は普通の通訳者の仕事の実際とかけ離れた理想論を展開しても、広い範囲での通訳者の共感は得られないという気がしている。たとえば私がホームページに掲載した「通訳者の取り扱い説明書」なんて、個々の仕事の現実を前にしたら本当はまるで説得力がないことを、よく知っている(こういうのをlearned helplessness,学習性無力感と言うのかな)。

----- 通訳者の学習性無力感

 十年以上も同じ事を言い続けて、ちっとも改善されないので、我々はすっかり「学習性無力感」に陥ってしまっている。このまえ、中国語通訳の同僚に愚痴をこぼしたら「もう言っても仕方ないよ。どうせ何を言っても無駄なんだから、自分のできる範囲で適当にやってればいいんだよ。うまくできなくたって私の責任じゃないしさ、それにあんまり真面目に資料をくれたりすると予習も大変じゃん」というような捨て鉢な態度になっていた。これは程度の差こそあるが、少なくとも中国語通訳者に蔓延している「学習性無力感」を如実に表している。

 次に、私がどんなふうにエージェントにインネンをつけているかをご覧あれ。これ、ある仕事をしたあとでエージェントの担当者に送った報告。実際は、**のところを入れ替えるだけで、いつでも使えるような内容。

--------------------引用開始----------------

 **庁の業務は以下の点で改善を要します。
1. 資料の提供が遅く、不完全である。
     今回もその場でいきなり出された資料が多かったし、局長挨拶なども局長自身は挨拶原稿を持って読み上げているのに通訳者にはまったく 原稿が提供されませんでした。また***庁の**研究所で提起された「中国側から事前に出された質問事項」について通訳者は全く関知していないことであり、いきなり数理統計理論を持ち出されても対処はきわめて困難です。事前準備ができればスムーズに理解し通訳することが可能であるのに、予習をする機会を与えられずに通訳の水準を判断されては、通訳者にとってあまりに不公平です。こういう時、欧米の通訳者なら「通訳の精度が落ちる」ことを理由に業務を拒否するそうです。日本では通訳者の権利意識とプロとしての職業意識やプライドが低いので(プライドを持てないような扱いしか受けていないからですが)、クレームを恐れて席を蹴って出ていくというような態度には出ませんが、実際にはいい加減にごまかして訳すよりも訳すことを放棄したほうが却って良心的なのかもしれません。

2.休み時間を与えない。
    これは御社にも問題があります。まともなエージェントなら一人体制の逐次通訳の場合は少なくとも午前中に一回、午後に一回、各10分程の休憩を通訳者に与えるようにクライアントに指示するはずです。今回、昼食時にも食事をほとんど取らずに懇談を通訳しておりました。昼食会での通訳が必要な場合は事前に30分ほどの休憩時間を設けて通訳者の食事時間を確保してほしいものです。 利用者教育を行うのもエージェントの役目なのではありませんか?

3.通訳業務の範囲
     初日の空港出迎えで、クライアント側担当者からの電話指示で出迎え用のミーティング・カードを作って到着出口で待つように言われました。 初日から険悪なムードになるのも困ると思い、A4版の厚紙に視察団の名称をマジックで大きく書いたものを作って持参しました。これを出口でずっと掲げ持っていたのは通訳者です。これが会議通訳者のするべき業務なのでしょうか?観光ガイドと間違えているとしか思えません。そのほかにも、細かい点で「通訳以外の仕事」を気楽に依頼するクライアントはかなり多いのですが、御社はエージェントとして、 顧客に通訳者の業務範囲をどのように説明しているのですか?

 以上のように、いろいろと文句もありますが、仕事をしている最中は和気藹々と、雰囲気をこわさずに業務を遂行いたしましたのでご安心ください。また、**局側にも通訳者に対する評価はどうであったかを聞いていただいて、それを私のほうにフィードバックしていただけると、今後の業務改善に大いに役立つと思いますので、是非、彼らの意見も尋ねてみてください。**局の仕事は、正直に言って、「もう二度とやりたくない」ものです。私の顧客の中では、人使いが荒く、通訳者を尊重しない部類に入るのですが、彼らには彼らなりの理屈もあろうかと思います。通訳者とエージェントと顧客にはそれぞれ異なる考え方があるのでしょう。三者の率直な意見を総合することによって通訳という仕事の全体的な向上につながるのではないでしょうか。

----------------以上で引用終わり---------------

 

 エージェントの担当者がこれを見ても、おそらく握り潰すに違いないので、同僚が言うように「何を言っても無駄」かもしれないし、文句をつければ自分の仕事も減るだろうけど(実際、最初の仕事で、あまりにひどい状態だったのでクレームをつけて以来、まるで仕事をくれなくなったエージェントもある)、私はとりあえず変だと思ったことは言ってみる。反論が来れば話し合いができるが、いつもほとんど反応はない。こういう事を言うと自分が損をするだけなんだろう。でも、少なくともこれから通訳者としてデビューする自分のとこの学生にはこういう仕事環境ではなくて、もう少し、プライドの持てるような環境を用意してあげたい、そのためには個々の通訳者が声をあげることも、全体的な環境改善という意味では無駄にはならないかもしれない、と思う。

 ここには愚痴ばかり書いたけど、会議通訳は本当に面白くてやり甲斐のある仕事だということを付け加えたい。上に書いたようなことばかりでもないし、まあ、苦労は多いとはいえ、私はこの仕事を、自分の体力と精神力が続く限り、なるべく長くやっていきたいと思う。だからこそ、我々を取り巻く環境を改善したいと考えている。