*** 上 海 旅 行 記 ***

 [絵日記篇] [お勉強篇]

 旅行記は[絵日記編]と[お勉強編]に分かれています。通訳翻訳教育国際シンポジウムの詳しい内容に興味のある方は[お勉強篇]をクリックして見てください。


[絵日記篇]

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12月4日
 10:10発の日本航空791便で上海へ。
 となりの乗客が「おねえちゃん、水割りおかわり」と何度も頼む。仲間との旅行らしく、後ろの席と声高に話をしている。 ヘッドホンで耳を塞ぎ、落語を聞きながら寝る。

 12:30上海着。今日はいやに乗客が多く、通関に時間がかかる。空港で両替し、タクシーで上海外国語大学向かう。13:40外大着、タクシー代70元。

 午後のセッションは14:00からで、会場は空っぽ。階下で通翻訳関係の書籍を売っている係員にたずねると全員で昼食に出ているとのこと。 参考書を見ながらしばらく待っていると大型バスで出席者が戻ってきた。西洋人がやけに多い。あとで名簿を見たら、七十数名の参加者の半数以上が欧米からの参加であった。

 セミナーはすでに三日目に入っている。申し込んだときには初日から参加するつもりだったが、会議の同時通訳の仕事が入ったために途中からの出席になってしまった。しかし特に興味のある会議通訳者の養成に関する報告は今日の午後に集中しているので良かった。

 このセミナーは三つの部屋で分科会が行われ、興味のあるテーマの部屋に入ればよい形式だ。まず通訳訓練の部屋に入る。全員が西洋人でちょっと腰が引ける。はじっこに目立たないように座って、まず通訳訓練コースの設計について聴講し、次にとなりの部屋に移って大学学部での翻訳指導についての報告を聴く(こちらは全員が中国人)。

  コーヒーブレーク。台湾もそうだが、やはりコーヒーや紅茶の他にケーキ、クッキーなどのお菓子や果物がふんだんに用意されている。日本のセミナーではこういうおやつは用意しないのが普通だ。お茶の後、最初の部屋に戻って通訳訓練の方法・評価・質の維持に関して聴講。

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 通訳訓練についての部屋は全部英語の報告なので、わからない部分も少なくないが、自分の専門の話題なので大体のところは大丈夫だ。それよりも参加メンバーが自分が想像していた以上に偉い人ばかり。
 NATOの通訳訓練部長だの、AIIC(国際会議通訳者連盟)の副議長だの、とにかく有名な国際機関や通訳者養成大学院(モントレー、トリエステ等など)からそうそうたるメンバーが集まっている。また報告者はみな会議通訳者出身の大学教授ということもあって、報告の内容は非常に実践的かつ具体的である。

  こういう内容だと、日本の大学では学術理論としての研究として認められないのではないだろうか。というよりも、それぞれの発表内容を聞いていると、ヨーロッパでも独立した学問としての通訳学という枠組みはできあがっていないのではないかと思われる。ともあれ、自分にとって興味のあるテーマについて多くの研究者の話が聞けるだけでも、自費で参加した甲斐があった。できればもう少し英語のリスニング力と読解力を向上させたい。AIICからの参加者に話しかけられたが、英語だと自分が本当に言いたいこととは比べものにならないほど単純なことしか言えない。しかし、英語力の向上が必要だと思う反面で、なぜ中国で開催されている会議ですら英語を強制されるのか、とちょっと理不尽さを感じたりもする。

 通訳訓練を中心テーマにした英語での報告の部屋に比べると、となりで翻訳学について報告と討論を行っている中国語の部屋は随分と学問的である。特に、大学教育の中で翻訳を扱うためには、翻訳の練習をするだけでは駄目なのであって、翻訳理論の講義も行うべきだという部分は日本の大学でのカリキュラム編成に参考になるだろう。中国の翻通訳教育に関する考え方は、外国語学部で基本的な語学力を固め、三、四年生になってから翻訳練習を開始し、さらに理論教育も平行して行う。実際に翻通訳業務に専業で従事する人材は修士過程修了を条件とし、翻通訳の理論研究者を目指す学生は博士過程に進む、ということを基本的には考えているようだ。

 上海外語大学の用意した宿舎は同大学の経営するホテルで、お世辞にも高級とは言えないが、会議参加費、資料、四泊分のホテル代に毎日三回の食事を全部ひっくるめて五万円ほどだから贅沢は言えないのかもしれない。しかし、中国の物価を考えれば五万円はちょっと高いような気がする。夕食後、もらった資料に一通り目を通してから早々と就寝。 今日のてくてく歩数:8025歩。

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12月5日
 朝7:20、そろそろ起きようかと思っていたら部屋のチャイムが鳴った。新聞でも持ってきたのかと思って、パジャマのままドアを細く開けると、軍服のような制服を着た職員ふたりが「部屋を掃除したい」と言う。こういう経験は久しぶりだ。昔よく泊まった地方の民族系ホテルでは従業員が合鍵を使って勝手に部屋に入ってお湯をつめた魔法瓶を交換したりしたものだが、もう何年も中国では外資系のホテルにしか泊まっていないので、妙に懐かしくもある。とりあえず「ちょっと待ってください」と言って急いで身支度をした。朝食をとりに行くついでに向かいの部屋で掃除をしていた二人に「掃除していいよ」と声をかけておく。

 今日はまず「コミュニティ通訳」に関してオタワ大学の教授の特別講演があった。まず「コミュニティ通訳」というものの定義が曖昧だというところから始まったのだが、コミュニティ通訳の仕事の内容について話を聴いてみると、自分の考えていたものとは大分ちがうという印象を得た。通訳業務をコミュニティ、会議、法廷の三つにわけていて、会議と法廷以外の仕事はすべてコミュニティに分類してしまうのである。すると日本の通訳者はほとんどがコミュニティ通訳になる。これはやや強引すぎないだろうか。とはいえ、会議通訳と法廷通訳以外の通訳業務には確固たる定義と基準がないという点はその通りである。でも、よく考えてみると、日本では「会議通訳者」だって、随分と曖昧なものなんじゃないだろうか。特に基準など何もないという気がする。やはり資格制度が必要なのかもしれない。

 今日は講演の後で全て中国語のセミナーに参加した。ハーバーマスを下敷きにした「翻訳とコミュニケーション理論」、次は「ハイデガーの翻訳観」、コーヒーブレイクをはさんで「文学翻訳のプロセス」と「映画テレビの翻訳の特徴」。どれもそれなりに面白い内容だった。しかし最後のテーマを除いては、やはり非常に学問的である。それに「映像翻訳(字幕)」の話にしても、巷間に溢れる日本のトレンディ・ドラマのVCDの字幕は台湾で粗製濫造されたものだから学問的研究の対象にならないと切って捨てているのが気になる。たしかにオーソライズされた翻訳学、言語学としての価値は低いかもしれないが、社会現象としてこれだけのボリュームがあるのだし、むしろ映像や音声の前で文字がいかに非力なものであるかを考える材料にすべきなんじゃないのか。

 中国では会議通訳という仕事のジャンルは、まだ開始したばかり。したがって欧米のように会議通訳者出身の研究者はいない。そのため研究対象も通訳ではなく翻訳ばかりになってしまうし、外国語学部の教授が言語学、、比較文学、言語哲学などの観点からアプローチするとすれば、こうなるしか仕方ないのかも知れない。日本は翻訳学も見るべき研究がなく、海外の翻訳研究関係の書籍も訳されていないのだから、中国よりもさらにお寒い状況というしかない。

 上海外語大の先生に翻訳や通訳に関する国際会議で日本人を見たのは初めてだと言われた。実際、台湾で行われた通訳翻訳教育シンポジウムや、今年の四月に開かれた「アジアの翻訳・通訳の伝統と現代」国際シンポジウムでも、他には日本人はいなかった。日本で通訳教育に携わっている先生方でも、英語のほうではシンポジウムなどに参加されている方はいるが、中国語ではほとんど聞かない。これには情報収集の問題もあると思う。私は日本の通訳理論研究会と台湾の翻訳学会に参加したり、香港中文大学のwebサイトを見たりするから情報が入るので参加申し込みもできるが、たぶん他の日中関係の通訳の先生方はあまりそういう情報に触れていないし、関心もないのだろう。そのかわり私は自分の興味と違うことをやっている中国語学会などには行ったことないから同じ事なのかな。でも、全般的に言って、通訳の実践をしている人って、ほとんど理論研究には興味がないようだ。仕事だけしているならいいけど、教育訓練を行うのに理論がないっていうのは、結構つらいと思うんだけどなあ。

 今回、日本からたった一人で参加して、知り合いもいないし、英語にしても中国語にしても、外国語で難しい話をノートをとりながら聴き続けるのはなかなか疲れるが、たぶん通訳と翻訳に関する研究は今後かなり長期にわたって自分の仕事の大きな部分を占めることになるので、今回の経験は自分にとって必要なものだったと思うし、またこのような機会があれば、参加したい。今回は会議の開催を知った時点ですでに論文応募が締め切りになっていて間に合わなかったが、できれば論文発表もしたほうがよいのだろう。日本ではこのような内容の学会やシンポジウムはほぼ皆無だから、結局は台湾や中国で中国語で発表しなければならない。でも外国だと日本での通訳や翻訳の実情をふまえた話がしにくいのがやや残念ではある。

 日本語と中国語の翻通訳に関して、今回のセミナーで学んだような、欧米のプラグマティックなアプローチと中国のアカデミックな方向性の両方を統合するような形で何か形になるものを作れれば良いと思う。何しろ同じ言語の組み合わせではこの分野の研究をしている先輩は一人もいないので学術書も先行論文もない状態だ。認知科学的な考え方で研究できるのではないかという計画を立てたが、秋の会議シーズンに入って以来、論文はほったらかしになっている。認知理論、コミュニケーション理論もまだまだ勉強しなければ論文が書けない。「日暮れて道遠し」と思わざるを得ないがぼちぼちやっていこう。

 セミナーは今日の午前中ですべて終了。昼食の時にたまたま隣にすわった韓国の先生に日本語で話しかけられた。韓国で韓国語・日本語・英語・ドイツ語の通訳の仕事をしているそうだ。昔、「日本人として」上海の虹口地区の日本租界に住んでいた、今回は五十年ぶりに上海に来て、とうとう子供の頃に住んでいた家を探しあてたと言う。日本が植民地統治をしていた韓国や台湾のお年寄りに懐かしそうに日本語で話しかけられることが少なくない。われわれ日本人は彼らに対して何ができるのだろうか。

 午後は市内観光だった。浦東のヤオハンは非常に人が多く賑わっているようだ。城皇廟の新華書店VCDを買う。その後友誼商店。南京路を散歩。9786歩。

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12月6日
 魯迅公園をくまなく散策(魯迅の墓参りもかねて)。公園の中では例によって太極拳、社交ダンス、将棋、トランプなどがさかん。そのほかにコンクリート舗装の地面に、墨のかわりに水で毛筆を揮って文字を書き、書道の練習をしているおじいさんを何人も見かけた。全て唐詩三百首が出典で、自分の知っている詩ばかりなので、思わず見入って、中国語でつぶやいてしまう。それにしても見事な文字。公園南門前からバスでわい海路へ。あちこちの店を冷やかしながら散歩。

 本屋でVCDをさらに買う。昼食は牛肉麺(5元)。台湾の牛肉麺はすきやき的な甘辛味だが、上海のはカレーうどんをうんとさっぱりさせたような感じ。まあまあいける。そのあと適当にバスに乗って、にぎやかそうなところで降りてはてくてく歩き、またバスで別の場所に行くというようなことを繰り返して、最後に地下鉄の辛庄駅に来てしまったので、そこから地下鉄に乗って「せん西南路」駅まで来て、わい海路にもどる。錦江飯店にいく道の曲がり角に小綺麗なカレー屋さんがあったのでそこで夕食にした。なんと日本のハウス食品の経営している店だった(ハヤシライス36元)。伊勢丹の前でタクシーを拾って宿舎に帰る(タクシー代30元)。しばらく休んでから宿舎の一階にある美容院でシャンプー&ブローをしてもらう(30元)。今日は22,365歩。

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12月7日
 旧日本租界のあたり散策日航ホテル移動。インターネットで予約したはずなのに名前がないというので電子メールのCONFIRMATION LETTERを印刷したものを見せたらすぐに納得した。印刷して持ってきて大正解。コーヒーショップでようやくまともなコーヒー(30元)が飲めた。ホテルの無料送迎バスで市内へ。11時にホテル発、12時に友誼商店到着。南京路で雪菜肉糸麺(5元)を食べてから黄埔江クルーズ切符を買いに行くと次は二時半だというので、とりあえず先にチケットだけ買って、福州路の外文書店へ行き、辞書を三冊買い、それからまたもや映画のVCDを買ってしまう。荷物が増えたので福州路地下道のコインロッカーに預けてみた。暗号式でなかなか珍しい。クルーズは二時間半で45元。下流に向かっていくと左岸には租界時代の歴史的建造物、右岸には新しく開発された埔東区の近代的な高層ビルが林立し、好対照をなしている。

 下船してから徒歩で豫園に行き、南翔饅頭店で小籠包(10元)を食べる。この小籠包は非常に有名で是非一度食べてみたいと思っていたが、実際に食べてみると、期待が大きすぎたのか、それほどでもなかった。確かにジュっと出てくる肉汁は美味しいけれど、皮がもう少し薄いほうがいいし、中の餡が固まりすぎ(熱の通しすぎかも?)だと思う。一個一個は小さい(親指と人差し指で作った輪くらいの大きさ)とはいえ、一人前十六個は多すぎる。

 帰りにバンドの近くの歩道橋で子供の物乞いにあって気が沈む。まだ四、五歳くらいの女の子と、もう十歳にはなっているだろうと思われる男の子だ。ペプシコーラの紙コップを持って通行人を見かけるたびに声をかけている。ポケットの小銭を放出。年寄りや身障者の物乞いも何人か見かけた。ところで、日本のホームレスは物乞いをしないけど、なぜなんだろう?

 またてくてく歩いて友誼商店から日航ホテルの送迎車に乗って帰る。送迎車があるので交通費がかからず非常に助かる。ホテルのサウナに行こうかと思ったが、値段が100元もするのでやめた。これなら日本のほうが安い。27939歩。10時就寝。

12月8日
 今日の帰国便は午後二時すぎのフライトである。午前中いっぱいは時間があるので、朝8時ごろから上海動物園行く。日航ホテルから徒歩15分くらいである。正門の右側が入場券売場で、大人は一人10元。園内はとにかく広く、道はくねくねと曲がっている。しかも案内板が所々にしかないので、しばらく歩くと自分がどこにいるのかわからなくなった。足の向くままぶらぶら歩いていくと「ワニ・カメ・は虫類館」、「金魚」から始まり、その次が「鳥類」、一時間もぐるぐるまわって、ようやくレッサーパンダとパンダを見られた。どちらも朝食時間らしく、ガラス張りの檻の中で餌を食べていた。そのあと虎やらライオンやらを見ながらぶらぶらと散歩していくと「動物サーカス」の呼び込みをしているのに出くわした。「車を引く虎、自転車に乗る猿、綱渡りをする山羊、足し算ができる犬、馬に乗るライオン、全部ホンモノだよ。ひとり二元、ひとり二元。ウソならお代はいらない、もうじき始まるよ。さあさあ見ていきな」っていうような、まるで香具師のような呼び込みが周囲の風光明媚さとはまるでそぐわないが、ついふらふらと入ってしまった。動物サーカス舞台裏には出番を待つ動物たちがいる。動物の演技は円形の檻の中で行われ、それを人々が取り囲んで見る。猿の自転車乗りで手抜きをしてさぼった猿がいて、お客さんの見ている前で調教師にばんばん叩かれたり蹴られたりしたので非常に驚いた。三十分くらい見て、ホテルに戻ることにした。部屋でしばらく休んでから、12時半の空港行きシャトルバスに乗車。今日は19477歩。

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上海旅行記[絵日記篇]はこれで終わり。