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「通訳の耳」
通訳における自然言語情報処理の方法
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目次
0.はじめに
本論で扱う問題
通訳者による伝達の基本モデル
用語の定義
1.聴取と理解のプロセス
言語の聴解
外国語の聴解
切り分けと統合
長期記憶との照合
推論と予測
恣意的解釈あるいは書き換え
談話のダイヤグラム分析、空間配置読み(理解促進の方法)
2.ノート・テイキングから見た言語理解
命題的ネットワークによるSL分析とノートテイキング
SLからノートへの転換(意味の抽出)
selective listeningまたはactive listening
メッセージあるいは命題もしくは情報内容
英日、中日逐次通訳のノート分析
ノートテイキングの特徴
認知ファイルとノートテイキング
3.ノートからTLへ
言い換え、補足、省略/訳出の組立(構文)
起点言語と目標言語の対応
個別言語の問題(英→日と中→日の相違)
4.同時通訳から見た言語情報処理
同時通訳のチャンキング
時間的制約による切り捨て
同時サイトラの順送り訳出
5.結論
通訳者の聴取方法
通訳の情報処理スキル
「通訳の耳」とは何か
おわりに
参考文献リスト
摘要
TOP
問題提起:通訳者はどのようにSLを理解・処理・転換しているのか?
仮説
前提として、ヒトが言語情報を聴取する際に行っている理解と分析の過程を次のようにとらえる。線状にインプットされるSL音声を切り分けていくつかの要素がインプットされた段階でひとまとめとする作業を繰り返しながら(ボトムアップ式理解)、常に背景知識を参照して既存の枠組みによる推論を行うこと(トップダウン式理解)によって成立している。この両方の理解の方式は常に交錯しつつ進行している。
通訳者の自然言語に対する理解と情報処理も、通常の言語情報処理と特に変わるところはない。しかし、二つの言語について十分な能力を有しているだけでは通訳はできない。なぜだろうか。ふだん我々が行っている聴取は意味内容を理解した時点で作業は終了する。送り手のメッセージは聞き手である自分に理解され、その後は元のメッセージが再現される必要はなく、ある意味から言えば受動的聴取であると言うことができる。コミュニケーションの観点から言えば、聞き手に期待されていることは話を聴取したあとに、その内容に従って反応を返すことである。相手の話に対する返答をする、話で指示された事柄を実行するなどがこれにあたる。外国語教育で目指す言語能力はこうした方向性を持っている。
一方、通訳者に求められる聴取方法は、TLへの変換というタスクが存在するため、通訳者は音声による言語情報を聴きながら、常にTLへの翻訳可能性をさぐり、SLから受け取った情報をTLの体系に反映し、比較対照しながら聴取することになる。そして、TLの体系にマッチしないSL表層構造は加工され、SLにおいて潜在し、TLにおいて付け加えるべき情報や、その逆にSLにおいて顕在し、TLにおいて洗剤すべき情報が、適宜取捨されることになる。これは、伝達すべき情報を、受け手の立場を配慮しながら弁別選択した能動的聴取といえる。一方、通訳者は送り手への直接的行為に関与しないため、そのために費やされる注意力は不要であり、その分を訳出に振り向けることが可能である。外国語教育でも短文を聴いて訳すこと、あるいは訳読による教授がおこなわれており、この部分では教授の方法としては重なりを見いだすことができるが、外国語教育では訳すことそれ自体が目的になり得ない点で通訳訓練とは方向性を異にする。
このインプット、分析、参照、理解、反映、比較対照、加工/修正は、同時通訳・逐次通訳・サイトトランスレーションの通訳の三技能において共通する。この言語情報処理のプロセスを明らかにすることによって、効果的な通訳者養成訓練のメソッドの確立に貢献することができる。
検証の方法
逐次通訳においては、通訳者の言語情報処理を最もよく表しているが、ノートテイキングである。ノートに記された内容と、ノートの書き方によって、通訳者がSLをどのように受け取り、どこまで処理したかが推理できる。ノートを見ながらのTL訳出は処理の次の段階、すなわち情報の加工である。
同時通訳は、書き留めることがないかわりに、インプットから加工/修正までのプロセスを経た結果が訳出されたTLに反映される。TLを直接分析することによって、どのようにSLを切り分け、これを処理しているのかを突き止める。
サイトトランスレーションにおいては、スラッシュリーディングによる文字言語での切り分け方が、これに相当する。ただし、サイトトランスレーションは、文字言語を媒介するため、これは「通訳の目」のなかで、事前準備の方法とからめて改めて検討すべき課題であろう。
ここでは主に逐次通訳のノートを検証のためのデータとして用いることにする。逐次通訳のノートは、通常は通訳者自身だけが使う道具であるから、送り手や受け手への配慮が働くことは極めて少なく、通訳者の言語理解の情況を、ノイズを排した状態で観察できる材料であると考える。