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通訳教育の役割

0.はじめに

 外国語教育の目的は、音声言語にせよ文字言語にせよ、スムーズなコミュニケーションを実現するところにある。通訳教育もまた目指すところは同じである。コミュニケーションの目的を達成するためには、相手の意図を理解することと、自分の意図を相手に理解させることの両方が必要になる。通訳教育は以上の能力を身につけていることを前提として、さらに起点言語から目標言語への転換を行うための訓練を施すものだが、このような通訳教育の特徴はどこにあるのか、また職業訓練としての通訳教育では何を教えるべきだろうか。

 現状の通訳訓練では、通訳技能の修得に重点がおかれている。通訳形式による分類で練習を行うことが多い。この形式にはサイト・トランスレーション(文字を見ながら口頭で訳していく方法、逐次通訳と同時通訳に分ける)、逐次通訳(10秒〜1分程度の短時間のもの、およびそれ以上の長文)、同時通訳、放送時差通訳などがその内容である。このうち、サイト・トランスレーション(以下サイトラ)を独立させず、逐次と同時の中にサイトラを含ませてもよい。こうした通訳形式ごとに細かいスキルが含まれる。また、訓練の周辺学習事項として、事前準備の方法などの講義と実習がある。詳細は通訳スクールの授業内容を参照されたい。

 さて、現在、国際コミュニケーションの分野では翻訳や通訳に関する研究が非常に立ち後れているが、全ての人が全ての言語を習得するわけにもいかず、また世界中どこでも母語と同様に話される単一の言語も実現不可能である現状に鑑みて、個人の言語的人権を尊重するためには翻訳や通訳を無視することはできない。そこで、異言語間コミュニケーション・ツールである優秀な通訳者をいかに育成していくかが社会的にも大きな問題となる。本稿では、通訳教育の役割に関して、四つの面から検討してみたい。

1.言語知識について

1.1.聴解

 通訳訓練を開始する段階で、問題になりがちな発話理解の問題は、主に以下の二点である。
 1)早口あるいは訛のある談話では聞き取り能力が格段に下がること。
 2)談話を断片的にとらえ、それを恣意的につなぎ合わせて理解している。
 以上につき、言語知識の習得の観点から検討する。

 通訳を行うためにはまず相手の談話を正しく理解しなければならない。外国語の聴解力にもいくつかの段階がある。外国語特有の音素を聞き分けることができるかどうか、語彙をどのくらい知っているか、統語構造の知識、ことわざやメタファーの知識、そして談話全体の構成を把握する力などである。これらはすべて言語知識に依存する。外国語教育の役割のなかで最も大きな役割を占めるのが言語知識の伝授だ。

 まず1)の問題について述べる。母語では分速300字程度の早口(日本語ニュース放送の速度)はさほど理解の妨げにならないが、外国語の場合は処理効率が大幅に低下する。これが文字言語で示された場合(読解)は、自分のペースにあわせてゆっくりと情報処理ができるため、個人差はあまり見えてこないが、音声言語の聴解ではかなりの個人差がある。当然のことながら、外国語学習の中で文字言語を主体として音声化することなく(朗読などをせずに)学んできた者、あるいはナチュラル・スピードの発話に触れてこなかった者ほど聴解に問題が見られる。また、海外留学の経験者であっても、周囲の者としか話さなかったり、教師がゆっくりと繰り返し発話するような環境にあった者は、やはり報道番組程度のスピード(中国語では分速280字〜300字、英語なら一般に分速185ワード以上)にはついていけない。「ついていけない」というのは、実際に何が話されたかを質問すると、ほとんど何も印象に残っていないという意味である。本人は往々にして聞いている最中は内容を理解しているつもりでいる。

 通訳業務では、かなりの早口の発言者にあたることもあり、また放送通訳のような仕事もあるため、通訳訓練のなかで言語情報処理の速度を上げていかなければならない。このため、通訳訓練ではスピードの速い音声テクストを用いて、最初は負荷があまり大きくならないようにフレーズごとにポーズを入れて聞かせる。ポーズの部分で理解して母語へ転換する作業を繰り返しながら(区切り聞き)、ポーズを徐々になくしていく方法をとる。これは同時通訳への導入の役割も果たす訓練である。

 次に2)の問題点であるが、まとまった談話を要領よく聞き手に伝えるためには、談話全体の構成がよくわかる形で伝達することが望ましい。このため、目標言語に訳出するときに、既出の情報と後続する情報の接続関係を明らかに示す必要がある。通訳訓練では、起点言語に接続詞があれば、必ずそれをマークして聴くよう指導する。これは談話の構造的な意味を把握するためであり、逐次通訳への導入になる。

 また、一般的に言って文字言語よる翻訳とは異なり、音声言語によるコミュニケーションの場合は談話のテクストだけが独立して存在することはなく、必ずコンテクスト−−すなわちその場の状況−−が存在する。しかし、外国語によるコミュニケーションに慣れていない場合は、ともすれば言語音だけを頼りに内容を理解しようとするため、時には思いもかけない誤訳が生じることがある。通訳訓練の授業で実際にあった例だが、環境問題に関するテクストで「大気圏」と言っているのを「太極拳」と聞き違えたまま訳した学生があった。環境問題に関するテクストであるという前提があるにもかかわらず、この学生が「太極拳」と聞いてしまった原因は何だろうか。これを母語で聞いていれば聞き間違える可能性はきわめて低いのだが、外国語の聞き取りでは、時としてこのような「とんでもない誤解」が起こりがちだ。おそらく、音を聞くだけで精一杯で、意味を考えることまでに注意が払われていないということなのだろう。このように前後の文脈(コンテクスト)を参照して意味内容を推測することが不得手な者の場合は、ノイズなどで発音を正しく聞き取れなかった場合や訛のある外国語では理解度が大幅に低下する。逆に、話のテーマを把握し、前後の文脈から聞き取れなかった部分を推測する能力のある学生は、多少の誤解はあっても、前述のようなとんでもない誤解を犯すことは少ない。

1.2. 訳出

 通訳訓練で聴解についで重要な問題なのが訳出である。その基本となるのが、母語の豊かな表現力だ。普段、意識せずに話しているはずの母語が訳出となるととたんに不自然でぎこちないものになってしまうのは通訳の練習をしたことのある者なら誰でも経験済みである。母語の表現力を磨き、訳出の質を高めるために非常に有効な手段となるのが翻訳の練習である。通訳者の中には音声言語を好み、翻訳を嫌う者も少なくない。しかし、翻訳という作業を通して起点言語と目標言語に、それまで自分のなかには存在しなかった語彙を発見したり、あるいは記憶の底に埋もれていた語彙を呼び戻して活性化させたりすることは、通訳のレベルアップをめざす者にとって非常に有効な手段である。

 次に、訳出の問題として明瞭な発音や発声が問題になるが、この点に関しては4の「デリバリーについて」で後述する。

 しかし、このような言語知識を習得したつもりでも、すぐにレベルの高い通訳に結びつくわけではない。言語知識だけではなく世界知識が通訳の質にに与える影響にも目を向けないわけにはいかない。


2.世界知識について

1.1 専門知識

 通訳訓練の授業では専門的な分野のトピックに関する解説を行ったり、学生に予習をさせることがよくあり、これが聞き取りのミスを少なくするために非常に有効に作用する。通訳の事前準備の方法は通訳訓練に不可欠の授業内容である。
 通訳以外の場合は、「訳す」という言語転換のプロセスが不要なので、自分の言いたいことだけ自由に話せるようになればよいし、高度に専門的な内容の談話を理解しなければならない事態に遭遇することはほとんどない。しかし通訳者、とりわけ会議通訳者は毎回異なるテーマの会議で言語の伝達を行わなければならないので、一般常識に加えて専門知識を速やかに収集し、それがスムーズに口から出るようにしておく必要がある。会議の資料を受け取ってから、本番までの短い期間内にいかに要領よく情報を集め整理するかが通訳の成否を決定する。したがって、通訳教育では辞書辞典類、参考書の探し方、図書館の利用方法、インターネットによる情報収集、会議用グロッサリーの作成方法などを教えなければならない。通訳や翻訳業務に関する調査に関しては現状、以下のような内容で授業を行っている。

 通訳スクールに入学したばかりの受講生は一般の二カ国語辞書しか持っていない場合もあるので、さまざまな専門辞書(科学技術用語、経済用語、コンピュータ用語、建築用語等々)の所在、入手方法、利用方法も説明する必要がある。また、百科事典については、日本語の百科事典と外国語の百科事典があれば、同じ項目を対照することによって、多くの用語の翻訳が可能になる。また最近では電子ブックやCD-ROMの百科事典を利用することで調査の手間を軽減することができる。

 図書館の利用に関しては、筆者のクラスでは、受講生を二人ペアとしてある程度専門的な文章を与え、国会図書館の参考図書室、アジア資料室を利用しての調査実習を行っている。端末を使ってキーワード入力で書籍の検索をしたり、新聞や雑誌の検索を行うこともできる。このほか、専門図書館や資料館、研究機関の図書室などを利用することもできる。 インターネットは今やリサーチに欠かせない道具になっている。特に先端技術分野の最新情報が手に入ることが嬉しい。また、自宅にいながらにして24時間いつでも情報を入手できる魅力は他のメディアとは比較にならない。その日のニュースを外国語の新聞で読めるのもインターネットならではである。パソコンを所有していない受講生も過半数であるので、インターネットに関しては授業の一環として学校の機材を使って検索実習などを行っている。

 通訳や翻訳に関する調査および専門辞書については調査方法を参照されたい。


1.2.文化や習慣

 言語文化にかかわるものとしては、伝統的なレトリックも問題になる。中国語の談話の伝統的な特徴として、たとえ話を好むことがあげられる。相手の語りかけに対して答えるときに、直接的に自分の考え方を陳述するのではなく、実際にあった例などをあげることで相手に考えさせるという方法である。これは個人としての固定した意見を述べることよりも、たとえ話によって相手に自発的に気づかせることのほうが高級なレトリックであるという考え方に基づくものであろう、時として何も結論めいたことを言わない場合も少なくない。こうした談話は特に中国人の年輩層によく見られるものである。
 また、イスラム教世界では、発言の冒頭に神を祝福する言葉が延々と述べられることもあり、はじめて聞く者はしばしば面食らう。

 通訳者には、相手に異質性を感じさせることによって異文化を伝える役割もあると思う。しかし、聞き手によっては誤解される可能性もあり、忠実に再現したことによって却って相互の円滑な関係を保持しにくくなることもあるため、時には文化に関する解説を行わなければならないかもしれない。翻訳であれば「訳注」として欄外で処理できるものだが、全てを音声言語にたよって伝達する通訳の場合には、ある程度の工夫が必要になる。ポーズをとり、口調を変え、さらに「通訳者による補足説明」であることを明言したほうが問題が生じにくいであろう。これをせずにオリジナルの発言内容と通訳者の解説を混在させた通訳を行うことがあってはならない。

 通訳教育では、二カ国(二言語)の発想の方法、レトリックを含む言語表現の特徴、宗教、風俗習慣に精通することと、両者の違いおよび相手の受け止め方を予測できる知識を身につけさせることが重要である。世界の多くの通訳学大学院では、学生に母語以外の作業言語が用いられている国での長期留学を義務として課している場合が多い。特にヨーロッパ系母語話者が東洋の言語をB言語(A言語は母語、B言語はActive−すなわち訳出可能な第二言語の作業言語、ちなみにC言語はpassive−すなわち訳出はしない作業言語のこと)にする場合は、少なくとも二年間の現地滞在が求められるそうである。


3.場に関する知識について

1.1.通訳者のポジション

 通訳者は決して話し合いの主人公ではない。しかも、通訳者の存在は、話し合いにとって理想的な状態ともいえない。話し手と聞き手が同じ言語で話し合うことができれば、通訳者は無用なのである(そしてこれが通訳学の発展を妨げてきた最大の原因であろう。異文化コミュニケーション、国際コミュニケーションと言うとき、人々は意識的あるいは無意識的に通訳者の存在を無視して話を進めようとする。これは翻訳書で読んでいるにも関わらず「ゲーテが好きだ」と言っているのと同じことである)。
 しかし、国際化する社会の中で、言語を異にする人々のコミュニケーションがますます重要な課題となっている今日、通訳者の存在も避けることができなくなっている。そして、通訳者の存在によって、世界各国の、さまざまな人々が、自らの伝えたい意味が過不足なく忠実に相手に伝わっていることを信じて、自由闊達に、安心して自分の言葉で自分の考えをのべることができるのである。

 通訳者の介在するコミュニケーションは、しかし、往々にして隔靴掻痒の感を免れ得ないものであることを、通訳者は理解しなければいけない。だがその一方で通訳者の存在なくしては言語コミュニケーションが成立しないことも事実である。きわめて微妙な位置にあるため、自らのアイデンティティを定めにくい職業でもある。コミュニケーションにどこまで介入していいのかという迷いもここから生まれる。

 そこで、通訳者はコミュニケーションの双方に不足している能力を補う役割を果たすと考えてはどうだろうか。まず、双方に間違いなく欠けているのは言語知識である。つまり互いに通じる言葉がない(でなければ、そもそも通訳者は雇わない)。そこで通訳者は高い言語能力を駆使してその不足を補う。もし双方あるいはどちらかに相手文化や習慣に関する知識が欠けていれば、それも適宜補う。言葉の表現力が弱く、プレゼンテーションが下手ならば、できる範囲内で補強する。通訳者は自分に欠けている専門知識を話し合いの当事者のレベルになるべく近づける努力をするが、発言者もまた通訳者に協力して資料を提供したり、打ち合わせの席で解説を行ったりする義務を有する、ということにしたい。 こうして、話し合いの当事者と、話し合いの支援者である通訳者の協力によってこそ、まとまったコミュニケーションが生まれる。すると、通訳教育だけでなく、使用者教育も必要であることになる。通訳者とはどのような存在であるのか、その位置づけを通訳者自らが規定するだけでなく、使用者にも理解させるよう努力しなければならない。

1.2.周囲の状況

 前述とも関連するが、通訳者は変に目立ったり、周囲から浮いたりせず、仕事場に入ったらその場にすぐにとけ込むことが重要だ。通訳者は結局、話し手にとっても聞き手にとっても、彼らの期待される能力を実現するための、能力の延長、あるいは欠けている部分を埋める構成要素として作用することが望ましいのである。つまり、通訳者はある意味で理想的な場を完成させるための部品なのだ。
 そこで、通訳者は周囲の状況にあわせて、さっと自分の位置を確保する能力を身につけるべきである。それができてこそ、昔からよく言われている「空気のような存在」「黒子のような存在」になれるわけだ。通訳者がいることで、いないときには目立っていた様々な不足や不自由が解消されるために、却ってその存在が意識されなくなる。つまり、コミュニケーション・ギャップが通訳者によって見えなくなるのである。


4.デリバリーについて

1.1.発音と発声

 明瞭で正確な発音と発声は通訳者に不可欠である。美しい訳出も、不明瞭な聞きずらい発音で、蚊の鳴くような声で話したのでは聞き手に伝わらないし、相手をいらいらさせてしまう。逐次通訳であれば、広い会議室でマイクロフォンがなくとも隅々まできちんと届く声で通訳を行なうため、正しい呼吸法と発声法を習得することが重要になる。また、逐次通訳では同時通訳よりも生き生きとした表情のある話し方のほうが望ましい。一方、同時通訳では、イヤホンを通して聞く聴衆の負担にならないような声のコントロールの方法を身につけるべきである(同通はあまり大きな声で話すと聞きづらいし、通訳者も疲れるのでややボソボソと話したほうがよい)。放送通訳の場合は母音を明るく響かせるアナウンサーのような活舌のよさ、必要に応じて話速や声の高さを調整すること、などなど、発音と発声に関する訓練だけでも非常に多くの内容を含んでいる。また、外国語に訳出する場合に発音やアクセント、イントネーションの欠点があると、非常に悪い印象を与えてしまうので、必ず矯正すべきである。

 こうした練習はアナウンサー用の教本やテープを使って行うこともできるが、現状の通訳訓練ではほとんど行われていない。

1.2.パラ言語と非言語

 通訳者は極端な演技をする必要はないが、ただひたすら原稿を棒読みしているような平板かつ機械的な口調では聴衆に発言の意味が伝わりにくい。だが、逆に通訳者が手振り身振りを交えて、芝居がかったデリバリーを行うのも見ていて奇妙なものである。これも、却って通訳者のパフォーマンスばかりに注意を奪われて、肝心の談話の内容がよく理解できないという結果を招くことになるだろう。通訳者は発言者をまねる必要はない。発言者がどんなに興奮していても、通訳者まで同じように興奮してしまっては言語情報の伝達という最大の任務がおろそかになる危険性がある。

1.3.談話のスタイル

 通訳者はその場の雰囲気に最もふさわしい表現法を選択し、ムードを壊さないよう注意しなければならない。もちろん芝居をする必要はないが、老人の話を訳すのに「チョーむかつく」と言うわけにはいかないだろう。「頭に来る」、「腹が立つ」、「大いに憤りを感じる」、「憤慨している」、「憤懣やるかたない」、場合によっては「非常に残念だ」、などなど、同じ意味でも言い方はいろいろある。通訳者はいつも同じ自分の話し方ではなく、談話のスタイルや表現方法に、いろいろなバリエーションを持っていなければならない。このため、母語の語感を磨く訓練としての翻訳練習は有効である。また、同じ意味を何通りにも言い換えるということでは、パラフレーズを行うことが考えられる。


5.今後の通訳教育について

 これまで通訳教育の中では、ほとんど言語知識の伝授と通訳スキルの訓練にしか注意が払われてこなかった。通訳教育では何を教えるのか曖昧である。もし言語知識だけの教授に終始するなら、外国語教育となんら変わるところがない。そこで、これからの通訳教育では、通訳業務に関わるあらゆる側面を分析し、詳細なシラバスを作り、効果的な標準カリキュラムを規定する必要があると考える。通訳倫理の問題なども検討して行くべきだろう。このような総合的な教育を行うことによって、訓練修了後にすぐに業務に入っていけるような専門職能教育体制を実現したい。そのためには、民間の通訳スクールで一週間に二時間か三時間の授業では圧倒的に時間数が足りない。日本でも他の多くの国のように大学院レベルで専門的かつ集中的な通訳教育を行うべきである。優秀な通訳者を育成することが将来の円滑な国際コミュニケーションの実現を約束してくれるからである。

以 上

 

(以上は1999年1月11日に提出した学校の宿題のレポートです。)