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試論:リスニングおよびスピーキングにおける通訳訓練法の応用

1996年1月


【1】Active Listeningのためのチャンキングによる指導法
【2】音読からPublic Speaking へ(クリックで【2】へ飛びます)
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【1】Active Listeningのためのチャンキングによる指導法


1.listening の問題点と学習達成目標
 通訳という作業は起点言語(SL)を理解することから始まる。言い換えれば、リスニングによってSLのメッセージを確実にとらえ、それを分析し整理することができなければ、何も始まらない。報告者の担当する日中通訳者養成コース上級クラスは、ほぼ全員が留学経験者で、すでに日常会話は不自由のないレベルを対象としているが、最初のSL理解の段階に問題がある受講生が少なくない。クラスの初日にはいくつかのメッセージを含むまとまったスピーチを1分間ほど聞かせた後、理解度を確認するためQ&A等のテストを行う。ここで質問する内容は話者の提示したメッセージ内容に関する概略的なものである。日本人・中国人の混成クラスなので、SLテクストには日本語と中国語の両方を用いて最初は訳出は行わない。ここで問題になるのは、日本人学生は個別の単語は印象に残っているが、それらの語が有機的に結び付かず、SLのテクスト全体の要旨を捉える能力が低いということ、中国人学生はその逆で細部の捉え方が雑であるということだ。受講生に感想を聞くと次のような答えが返ってくる。

 1) 聞いている時はわかっていた。 2) あまりに長文なので記憶できない。

 これが即ち、我々が日常おこなっているような受動的な聞き方“passive listening ”である。外国語による日常会話ができるようになった時点では、まだ談話構造の分析を伴う徹底的な理解と、それを要領よく他人に説明できる能力は備わっていない。通訳ができないのは外国語能力の不足のためであると思い込んでいる学生が大半であるが、実は母語で聞いたスピーチであっても、メッセージの完全に理解しているわけではないのである。報告者の担当するクラスの日本語母語者と中国語母語者の割合は、学期によって多少の変動はあるが、平均すれば6:4程度で日本語母語者がやや多い。日本語母語者はSLが日本語であっても談話分析の力が不足していて、キーワードをつかんで要領よくまとめるのが苦手である。SLが外国語の場合は、それに加えて更に難度が増すわけで、文のなかに一つでも分からない単語があると、その時点でひっかかってしまい、次に出てくるメッセージを聞き落とす。情報をボトム・アップ方式だけで処理しているためだろうか。中国語母語者は大枠は捉えているが細部の情報は割合にいい加減で、自分の勝手な解釈と思い込みによるでたらめな説明を発表するのが対照的である。さて、実際の通訳現場で要求される能力はどのようなものであろうか。

 1') 自分がわかるだけではなく再生して聞き手に分からせなければならない
 2') 2〜3分間の談話をまとめて訳出する必要がある。

 この要求に応えることのできる聞き方を、主体的な聞き方“active listening”と呼ぼう。こうして、通訳訓練を始める前にまず原文を理解する能力を固めてゆくわけだが、これは一般の外国語教育にも応用できるものと考える。

2.順送り理解のためのチャンキング
 母語を聴解するときに、語順通りに文頭から理解していることは言うまでもない。したがって、外国語を聞くときにも順送りに理解していかなければならない、というのがチャンキングの基本になる考え方である。
 連続して聞こえてくる音声が単語として切り分けられ認識されるようになるには、前提条件としてその語彙を知っていなければならないが、それだけでは内容理解に直結しないことが通訳クラスの例によって実証された。学生は(特に漢字のような視覚印象に依存する表意文字の場合は)音声だけにたよって情報をとらえることに慣れていないので、最初は文字教材を利用してチャンキングの方法を指導することが望ましいと思う。
 例えば、次にあげる例のように文字教材を与え、それをスラッシュ・リーディングという方法で切り分けるのだが、このときにただ文字だけ見せて学生に自由にチャンキングさせるのではなく、ネイティブ・スピーカーの自然な語り口を聞きながらスラッシュを入れていくことが重要である。音声を聞きつつ、原稿を目で追って切りわけていくことで、原語の雰囲気を身に付けることも期待できる。但し、聞く・読む・スラッシュを入れる、という作業を同時進行することになるので、あまり早口のテープを使うのは避けたほうがよいだろう。(例文:篠田顕子・新崎隆子『ボランティア英語のすすめ』1995)

 Mr.President, Ladies and Gentlemen,/
I am indeed very happy/ to be here with you today/ on this occasion/
of the opening of our country's exhibition// I am deeply grateful to JETRO/
for all their assistance,/ without which / it would not have been possible/
for us/ to hold this exhibition.//
  理事長ならびにご来場の皆さん/
  私は非常にうれしい/今日ここに皆さんとともにあることが/この場/
  つまり我が国の物産店の開会式で//私はJETROに深く感謝する/
  多大なご支援をいただいたことに対して/それがなければ/不可能だった/
  私達にとって/この物産展をひらくことは//

 通訳者はこれをサイト・トランスレーション(sight translation )の準備段階で行っている。上述の例文では、日本語に訳出できる段階ではなく、ただ頭の中で行われる処理の経過だけが示された。これを自然な日本語にするときには動詞のretention が決め手になる。例文でいえば、「私はJETROに対して多大なご支援を賜わったことに深く感謝いたします」「この支援なくしてはわれわれがこの物産展を開くことは不可能であったでしょう」というように、動詞の部分はとりあえず記憶とどめ、文末でデリバリーすることができる。そして、例文の程度であれば、動詞のretention もさほど負荷が大きくないはずである。この方法を一歩進めると、センス・グループごとにチャンキングする際に、訳出の順序も考慮する方法が提起される。次にその方法と例文を紹介する。
 英語通訳の世界では馬越メソッドとして知られている上智大学の馬越恵美子氏の方法と例文は、次の通りである(『通訳の仕事』1995)

 主語:< >,  動詞:    ,  主語の次に訳す箇所:<, 
 文の途中の区切り:/,  文の終わり://  

 馬越メソッドは、現場での通訳を念頭においているので、<の記号によって主語の次に何を訳すかを示している。例文に則して言えば次のようになる。

<France> slipped into <lower gear <in the past year/
    フランスは昨年低迷し/
with an economic growth of 1.5% /
    経済成長率は1.5%であり/
compared <with 2.8% / <in 1990 / and / 3.9%<in 1989.//
    1990年は2.8%,1989年は3.9%でありました。
<That> was reflected <in the country's already high unemployment rate/
    これはフランスの失業率がすでに高いことにもあらわれています。
-<the jobless total> swelled over the year <to 9.6% <of the workforce/
    失業率は昨年、総労働者の9.6%にも達しました。
compared with 8.9% <in 1990.//
    ちなみに1990年は8.9%でありました。

 一般的な外国語学習のなかで訳出を前提とせずに行われるスラッシュ・リーディングでも、リスニング力向上とは別に、主語の次に訳す順番を<によってマークすることでより深い文法的な理解も得られるだろう。
 いずれにせよ、こうした訓練をおこなうことによって、チャンキングの要領をまず視覚からおぼえておいたほうがスムーズに音声教材に移行できるようである。
 音声のみの教材に移ったときに、このチャンキングができるようになっていると、1センテンス聞き終わってから処理するのに比較して、短期記憶の負荷が軽減され、しかも前の文を処理しているうちに後続の文の処理に失敗することも避けられる。
 報告者はチャンキングの区切り方の基準を、実際の同時通訳から割り出した平均的分割方法を参考にしている。中国語あるいは日本語の区切り方は、基本的には一つの「句」(名詞句、動詞句など)にほぼ相当していると考えてよいと思う。

3.実際の訓練法
[使用教材]:15分間程度の一般的内容のスピーチ/音声テープとトランスクリプト
 トランスクリプトはA4版で4頁ほどになる。最初の1頁めをOHPシートにコピーしておく。テープ書きおこしのトランスクリプトの他に1頁の「要点とキーワード」だけのレジュメも作っておく。最初にチャンキングの考え方について例文を示して簡単に紹介する。
[学習方法]
1) 場面設定、背景説明(枠組みを与える)。
2) トランスクリプト1頁めをOHPで映す。厚紙などを用いてセンス・グループ毎にひとつひとつ見せてゆく。学生はチャンキングされた部分を音読する。このときお互いの声が邪魔にならないようにLL装置を用いる。
3) OHPを消して、同じ部分の音声テープを聞かせる。ここまでで約4分間ほど聞いたことになるが、すでに視覚的な印象があるので内容理解は比較的容易である。ここまでは、ボトム・アップ処理的な練習を行った段階である。
4) トップ・ダウン的に内容確認を行う。
   ○情報提示の順序を確認し、各パラグラフに「見出し」を付けさせる。
   ○パラグラフどうしのリンク
   ○次のパラグラフの話題の予測
 などの方向から学生に質問をし、内容理解を確認しておく。このような訓練で、止まらずに流れ続ける音声を、内容分析により主体的に切り分けてゆくことを意識させる。トランスクリプト2頁からは最初に音声から始める。
5) チャンキングでポーズを入れ、聞いた部分だけSLでリピートさせる。リピートしながら意味を取るようにする。通訳訓練ではここで訳させることもあるが、こうした短いチャンクでポーズをとりながらの訳出は実際の通訳とは非常に異なっているので、さほど効果的ではないようだ。また、外国語教育への応用においても、短いスパンでいちいち訳させないほうが学生にとってもストレスが少ない。だが実際には、口に出して訳していなくても、チャンク毎に意味を考えるように指導すると頭の中では翻訳している。しかし、この翻訳はデリバリーするには未完成である。1頁4分間ほどの区切りごとに、4)の内容確認を行ってゆく。
6) テクスト全体の理解として、レジュメを渡して要旨を簡単に説明させる。この時は自分自身のことばで自由に発表できる。
7) 最後の仕上げとしてシャドーイングを行う。単なる口真似ではなく、チャンキングを意識しつつ、音声を聞きながら声に出して話す訓練をする。また、このシャドーイングの際には原語のプロソディにも注意する。
8) 復習のために、オリジナル・テクストのトランスクリプトを配布する。トランスクリプトは自分でスラッシュを入れながら読んで復習する。
   シャドーイングの時に、自分の声をテープに録音したテープを持ち帰らせ、オリジナル・テープと比較して聞くようにさせる。これによって、発音やイントネーションなどの改善をはかる。

4.まとめ
 通訳訓練に用いられている、slash-reading,shadowing,repeating,reproduction,sight translation などの手法は外国語学習に応用でき、比較的簡便で効果も高い。

  本論ではそのうちのslash-reading から開始するlistening 訓練によって、原語の情報提示の順序に従って理解する能力を向上させる方法について述べた。
 報告者は、1991年から民間通訳養成校および台湾の輔仁大学翻訳学研究所で通訳養成訓練を担当してきた。学習者の半分以上が伝統的な教育法で語学を身に付けてきた人々である。こうした人々が通訳者養成コースに参加して非常に驚くのは、学習方法の違いである。通訳を行うという極めて明確な目的を持って行われる専門訓練は、従来の講読やパターン・プラクティス中心の学習とは異なっている。また、民間の会話学校の上級クラスでよく見られるようなフリー・ディスカッションもない。自由討論は自分の意見を積極的に「話す」という点で、学習者のコミュニケーション能力を伸ばすために有効な手段であると考えられるが、複雑かつ抽象的な論述を理解し再現することは求められないし、談話の構造分析による論理的な理解を行うための訓練もあまりされていないようなので、かなり上級者になっていても数分間にわたるスピーチを十分に咀嚼する力はないのが現状である。
 最近の外国語学習は非常に進歩している。特に文字と音声と映像を駆使したビデオ教材などの利用は学習者の興味を引き出し、実際のコミュニケーションの場面での応用も期待できると思う。通訳訓練においても、ここ数年間で衛星放送からの録画によるビデオ教材を使用する割合が急増している。また、条件が許せば通訳者のパフォーマンスの指導のためにホーム・ビデオで撮影し、演説の技術などの指導も行うことができるだろう。
 もちろん、通訳訓練と外国語学習を同様に考えることは適切ではなく、外国語能力とは異なる通訳者の技能を一般学習者にもとめる必要はないだろう。つまり、完成度の高い逐次通訳や、同時通訳の技術を指導する必要はない。
 外国語学習と通訳訓練の違いについて、英語とフランス語の会議通訳者で、台湾輔仁大学翻訳学研究所前所長の、Robbin Setton 氏は次のように説明している。


  言語の学習と通訳訓練の相違は、語学学習が外国語の形成する宇宙を認識させることを目的とするのに対し、通訳訓練は双方の言語の形成する宇宙の間を行き来する方法を教えることで、ふたつの宇宙がはっきりと独立し訳語に相互的な影響を及ぼさないようにすることである。(翻訳学研究所講師向けオリエンテーションより)−−


 通訳者は異言語間コミュニケーションの支援者として、常にコミュニケーションの最前線にたっている。コミュニケーションということに関して言えば、話し手の言葉を理解する能力と、聞き手にわかりやすく意思を伝える能力は、一般の外国語学習者にとっても最終的な達成目標ではないだろうか。本来は、この目標が達成された後に、ふたつの宇宙を自由に往復する技能の訓練が開始されるべきなのであるが、実際には通訳者養成コースに入ってから開始する訓練が理解力や伝達力を強化するものになっている。そこで、外国語学習の段階から通訳訓練手法を取り入れていけば、学習者のコミュニケーション能力は更に向上するのではないかと考える。


【2】音読からPublic Speaking へ

1.はじめに
 国際会議を仕事の場にしている通訳者として、最近の日本人は(アメリカ人のようにジョークをとばすことは滅多にないとはいえ)、かなりスピーチが上手くなってきている、と感じる。だがこれはあくまでも国際会議に出席するような人たち(大学教授、政治家、企業のトップ、評論家など)のことであって、友好交流と呼ばれるような草の根レベルでの二国間コミュニケーションの場では、やはり挨拶原稿をただ棒読みするだけのスピーチがしばしば聞かれる。だが、これでは聞き手との効果的なコミュニケーションは成立しない。下を向いて原稿から全く目を離さずに、抑揚のない暗い声でひたすら原稿のとおりに読み上げる発言者の場合、その発言の内容そのものが聞き手に伝わらないばかりか、その発言者自身も聞き手の印象に残らないことが多い。このようなとき、逐次通訳の方式を採用していれば、通訳者は発言者のサポートを行うことができる。すなわち、実際の通訳現場では、通訳者が発言者になりかわってパラ言語(感情のこもった話し振り、よくとおるはきはきとした発声と発音)を駆使して、無味乾燥な原稿を生き生きとしたスピーチに変化させることすら時には行われるだろう。だが、当然のことながら、同時通訳を採用した場合には全く救いようがない結果になってしまう。
 スピーチは「何を言ったか」よりも「どのように言ったか」というパフォーマンスによって評価される部分が多い。もし内容だけが重要なのであれば、国際会議などを開催する必要はなく、互いに論文を寄せあって冊子をつくり、それぞれに送り届ければ済むわけである。だが、このように多くの会議が開催されているのは、コミュニケーション促進のためには互いの意見を知るだけではなく、実際に目の前で姿を見、肉声を聞くことが求められているからだろう。ただ意見交換をするだけであれば、コンピュータネットワーク上でオンライン会議をすれば事足りるはずである。
 報告者は中国語と日本語の通訳をしているが、この原稿棒読み型スピーチは、中国大陸から参加した発言者にはいまだに非常に顕著である。聞き手を全く無視した読み上げ発表のスタイルは中国共産党大会で培われてきたものなのだろうか。多国間会議の場では魅力にかけることおびただしい。また、一部の発言者に見られるような、メモもレジュメも持たずに常にぶっつけ本番で適当に話をするため、論理も筋道もないパフォーマンス一辺倒のやり方も感心できない。他に、質疑応答の時に質問内容をきちんとメモしている人はほとんどないので、話が前後したり、飛躍があったりして聞き手にとって趣旨がわかりにくく、コミュニケーション失敗の例が多い。
 スピーチの上手い発言者は話の概要を順序立ててメモしたレジュメを作成し、それを見ながら自由な口調で語りかける。このような発言は通訳も最もやりやすい。


2.スピーチ下手の原因は何か
 では、原稿を棒読みする魅力のないスピーチが生まれる原因は何なのだろうか。
1)「言語」メッセージだけで通じると思っていること。
 「パラ言語」および「非言語」の重要性を理解していないこと、と言い換えてもよいだろう。極端に言えば、棒読みであろうが何であろうが、とにかく声が聞こえさえすれば内容は伝わる、と考えている。音声表現という形式の意味を認めていない。
2)伝統的文化の束縛
 日本の文化の中で「話す」ことがさほど重視されてこなかったために、人前で調子よくペラペラと喋る人は尊敬されない傾向にある。また、日本は多民族国家とは違って、くどくどと説明しなくても誰もが暗黙のうちに共有しているコンテクストがあるため、最低限の情報さえ提示すれば話が通じる(これは海外駐在の日本人ビジネスマンが現地スタッフをうまく使えない原因にもなっている)。この他に、分かりやすい話し方をすると自分の沽券にかかわると考えている発言者もいるし、正式の場で大勢の人を前に話す訓練を受けていないので、非常に緊張する発言者は更に多い。
3)視覚印象に頼る文字体系
 そもそも漢字というものがお互いに言葉の通じない国民を統一するために制定されたものなので、視覚重視・聴覚軽視にできている。欧米のアルファベットのような表音文字は音として認識されることが前提条件で、その単語の音を頭の中で再生して意味をとる方法に慣れているが、漢字の場合は頭の中で音を聞く前にその形から意味が取れるようにできている。このような文字体系を用いているため、スピーチ原稿を書く段階では聴覚的な効果をあまり考えない。日本語や中国語の場合は、見てわかる事と聞いてわかる事は別物であることを意識しなければならないが、この点に気づいている発言者は少ない。
4)教育のあり方
 以上までに述べてきたスピーチ・パフォーマンスの問題は自国語で話すときにも解決できていないものばかりで、学校教育の国語の時間にも話し方教育をしていない現状では、外国語で良いパフォーマンスをしろというほうが無理だろう。
 逆に言えば、日本人でも中国人でも話の上手い人、コミュニケーション能力のある人は外国語ができるできないに関わらず存在しているし、そういう人たちは通訳者をうまく使って非常に効果的にコミュニケーションを成立させることができる。つまり、外国語能力とコミュニケーション能力とはイコールではない。自国語でできないことが、外国語で可能になることは滅多にないだろう(たまには外国語を話すときには大胆になって何でも言える、という人がいるが、これはまた別の意味で問題があるようだ)。
 いずれにせよ、国語教育でも英語教育でもスピーチ・パフォーマンスの指導はほとんどないことは大きな問題である。


3.通訳者養成訓練のなかでの音読の役割
 まず最初に強調しなければならないことはコミュニケーションとは、話し手と聞き手の(互いに別の言語を話す場合には通訳者も含めた三者の)共同作業であるということだ。通訳者は聞き手にとっての話し手としてスピーチを聞いており、話し手の自己の一部になることを目指している。そして聞き手からの様々なフィード・バックを受けながら話し手の代理人として作用する。話し手の役割を演じ切るためには聞き手の立場に立ってスピーチ・パフォーマンスを工夫する必要が生じる。
 通訳者養成訓練の課程では、原稿やレジュメを用いて学生どうしが交替で話し手・通訳者・聞き手の役割を演じることができる。これはサイト・トランスレーション(sight translation,ST)と呼ばれる訓練法である。外国語の資料に基づき、実際の発言者と同様に発表するわけだが、聞き手役の学生は原稿等を見ることはできない。訓練の目的は次の通りである。
1)外国語の音声表現力の向上
 話し手の役になった学生は、他の学生の前で外国語を音読することで、発音やアクセント、イントネーション、および言葉の切れ目や読みの速度などに気をつけるようになる。この場合、実際の通訳現場とは異なり、聞き手もその外国語を解するクラスメートなので気を使って良い発音で話そうとする。報告者の担当する中→日通訳クラスは日本人と中国人の混成クラスであるため、互いに発音を矯正しあうこともできるし、適当でない場所でポーズを入れたりすれば相手にわからなくなることがすぐに確認できる。
2)書き言葉から話し言葉への転換
 前述のとおり、日本語や中国語では、そのまま読んでも聞き手にわかりにくい書き言葉が多いので、これを耳で聞いて分かりやすいものにするためには工夫が必要になる。長くて複雑な構文を分析して短く簡単ないくつかのセンテンスにわけたり、あるいは紛らわしい同音異義語を言い換えたりする作業を通じて、聞き手とのよりよいコミュニケーションのためには、ただ大きな声で正しく読めばよいというものではないことを理解する。
 他に、個条書きのメモ、広告のコピーなどを用いて、言葉を適当に補いながらわかりやすく説明する、という練習も行う。
3)スピーチ・パフォーマンス
 この訓練の最初の段階での学生のパフォーマンスには大きな個人差がある。他の学生を会議や講演会のの聴衆に見立てて、用意された原稿を読み上げるときに、教師としてというよりも、むしろ聞き手のひとりとして様々な注意をしなければならない。例えば、典型的な欠点としてあげられるのは、次のような態度である。
  a.自信のないことを物語る、蚊のなくような小さな声。
  b.原稿を手で持って顔をかくしてしまう。
  c.机に置いた原稿から片時も眼を離さず下を向いたまま、聞き手を全く無視。
  d.重点のつかめない、めりはりのない読み方。
  e.文章語のわかりにくい部分もそのまま朗読する。
 要するに、聞き手に対する思いやりがない。これは学生それぞれの語学力とは関係のない問題で、母語で原稿読みをさせてもやはり同じ問題が出てくる。この状態を改善せずに音読やST(サイト・トランスレーション)の指導をいくら行っても仕方がない。

 では、次に実際の指導法について述べよう。

4.実際の指導法
 報告者の担当クラスでST逐次通訳訓練を行う際の指導法は次の通りである。

1)スピーチ原稿を事前に配布する場合
@予習:

1 発音と意味の確認・わからない単語を調べる。
2 スラッシュ・リーディング。

3 話題に関して調査する。
A授業:

1 教師からスピーチおよび通訳に関する注意点が提示される。
 (発音・発声・話のわかりやすさ・印象の良さ等など)
2 学生は交替で発言者・通訳者・聴衆の役割を演じる。
3 まず発言者と通訳者それぞれひとりづつを指名し、前に出させる。
4 発言者は予習した原稿を机の上に置いてスピーチを行う。
5 逐次通訳をいれるために約2〜3分ほどのスパンで発言を区切る。
6 通訳者は原稿を見ながら発言を一区切りごとに通訳する。
7 聴衆は発言者と通訳者のパフォーマンスを観察し、教師から最初に提示された注意点にしたがって、スピーチと通訳に対する評価、あるいは気が付いた点をメモする。
8 スピーチ終了後に聴衆から意見発表、教師のコメント。特に発言の際に音声言語としては理解しにくい文章語の部分をどのように言い換えればよいかを討論する。

B復習:
1 授業の時にテープに録音した自分のスピーチおよび通訳を自宅で聞き、改善点を拾い上げる。→次回の授業で発表。
2 ネイティブ・スピーカーの発言を録音したテープでシャドーイング。最初は原稿を見ながらテープの音にあわせて意味を中心に行う。次に、文字を見ずにプロソディ中心に行う。

2)スピーチ原稿事前配布の授業で慣れてきた頃に、初見教材を使い始める。
@予習:

・前回授業で教師からテーマなど背景説明を行い、学生は自分のできる範囲で下調べをし、スピーチ内容を予測する。
A授業:

1 オリジナルの原稿をもとに論理関係の分析をおこなったダイアグラムやスピーチ用のメモ、レジュメ、または関連新聞記事などを利用する。
2 発言者役学生は図式化されたものを見ながら、完成したスピーチを組み立てていく。その他の要領は1)と同じ。復習の方法についても、1)に準じる。

 このようなST訓練は語学的要素(発音の善し悪し、通訳の精度、メタ言語の運用=言葉の言い換えテクニック)と話し方の技術(発声、パフォーマンス)のふたつの側面を強化する意味を持つ。また、交替で聴衆になることによって、どのようなスピーチがコミュニケーションに効果的であるかを身をもって体験することができる。

5.まとめ
 以上、伝統的な通訳訓練手法と、報告者の個人的な体験から音読を用いたスピーチ・パフォーマンスの向上について簡単に述べた。
 昨今の外国語教育、特に英語教育は大きな変化と進歩を遂げている。様々な工夫をこらした興味深い教材で学習する学生たちは、われわれが最も不得意としている「聞く」と「話す」の能力を効率よく身に付けることができるだろう。音声・映像・文字を全面的に有効利用した教材で日本にいながら海外に留学したのと同じくらいの効果も期待できるかもしれない。
 一般的に、日常的なコミュニケーションに用いられる言語レベルはそれほど高度なものではなく、2年ほど海外に留学して帰国した学生たちは現地での生活に特に不自由を感じない程度には言葉を身に付けてきている。買い物や旅行などの実用レベルの外国語会話を目指すだけなら、現地への留学は最も効果的な学習方法だろう。
 だが、もうひとつ上のレベル、つまり何かを相手に要領よく説明する能力を身に付けるのは非常に難しい。例えば、日本の相撲について外国人に説明してください、と言われれば、外国語が得意な人でも往生するに違いない。これは語学力の問題ではない。なぜなら日本語でもうまく説明できないからである。日本語でうまくかみ砕いて説明することのできる人は、単純な表現を十二分に駆使してかなり複雑な事柄でも外国語で説明できる。このような能力を養うために、前述したメモやレジュメから完成したスピーチを組み立てる練習は非常に役に立つ。
 他に、「聞いて理解する」能力を向上させるためには、相手の言葉を語順通りに頭から理解していく習慣をつけることが重要である。
 ヨーロッパの通訳業界では自分の守備範囲にある言語を、通常はpassive とactiveにわけて考えている。外国語と母語に相当するものだが、passive とは「聞く」と「読む」を行う言語、activeは「話す」と「書く」を行う言語である。したがって翻通訳者は自分のactive言語のほうへしか訳さない単方向のやり方をとる(もっともヨーロッパではactiveが二言語とか三言語の通訳者も多いと聞くが)。それにしても、activeはpassive を包括することになるわけで、まずpassive の能力が付いていないところへいきなりactive能力を要求しても無理である。このような意味から言って、「読む」から「話す」にダイナミックな転換をはかれる音読によるスピーチ訓練は大きな意味があるだろう。
 特に日本人が外国人と話す場合には相手との共通の基盤がないと感じることが非常に大きな阻害要因になっている。たとえ外国語を話しても理解されないだろうと、最初からあきらめてかかっている人が多い。それは、通訳者がそばにいて言語的な支援を提供しようとしていても、やはり「外人」とは話さない人が多いことからもうかがい知れる。それならば、先に話す内容を文字資料で与えて、とりあえず一方通行でもよいからコミュニケーションしてみることもいいのではないだろうか。はじめは一方的な情報発信のように思えても、スピーチ・パフォーマンスが改善され、聞き手の反応が見えてくるようになれば、学生のモチベーションも高まってくる。通訳者養成訓練の手法はもっと一般の外国語教育に応用されてもよいだろう。

以上

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