2000年2月

 

とんでもない仕事の全記録

2/11(金) とんでもない仕事の発端 

◆ ランク付け
 今月24日に頼まれた仕事の件で電話があった。もともと、エージェントからは「内容の難易度から言えばAランクでなければ対応できない種類の専門的な講義だけど、クライアントがBランクの通訳者を雇う予算しかないと言うので、本当に申し訳ないがBランクの日当で一日だけ引き受けてくれ。クライアントは交通費は出さないと言っているけれど、それはこちらで持つから」とのことだった。
 私は、たぶん数年前に輔仁大学から戻った頃からだと思うが、各エージェントでの格付けがAランクになったらしい。別に「Aランクになりましたよ!」という連絡も何もないが、いつのまにか、知らないうちに「A」になっていた。国際会議の経験をある程度積んだころにランクアップしたようだ。
 Aランクというのは、どんな内容でも会議で同時通訳ができる、という触れ込みらしい。まあ、私が何でも同時通訳できるかどうかは別として、確かに様々な内容の会議に出てきたことは確かである。Bランクは完全な資料があって専門的なテーマでなければ同時通訳に対応できるということだと記憶している。Cはおそらく、同時通訳はしないんじゃなかったかな?
 いずれにせよ、このランク付けには何も客観的な基準はなく、昇級試験もなく、ただ経験年数とこれまでの仕事の種類によってそれぞれのエージェントが勝手に決めているものである。同じランクでも、それぞれのエージェントによって日当は異なる。今回の仕事のエージェントのBランクの日当は三万二千円だそうだ。

◆ とんでもない仕事
 今日の電話の内容は通訳者からのクレームがそもそもの発端になっている。信じがたい話だが、今回の仕事は専門的な内容の講義を一日中ひとりでウィスパリング同時通訳をしろと要求されたのだそうだ。実は私が24日一日だけ引き受けた仕事は実は一ヶ月ばかり連続で毎日講義があって、他の通訳者がすでに仕事に入ったところだ。私はその通訳者が24日だけどうしても都合がつかないと言うので一日だけピンチ・ヒッターを頼まれたのである。
 さて、その通訳者が現場に入った最初の日に、それまで考えもしなかった事態が明らかになった。この講義は中国人だけを相手にしているのではなく、通常の講義を受けている日本人の間に二人の中国人が混じっているため、講師は原則的に日本人に向かって話をするわけで、少人数の中国人のために逐次通訳を採用していちいち話を区切ることはしない。そこで、イヤフォンを使って同時通訳をするのだそうである。このイヤフォン方式もクライアントに頼み込んで二日目から採用してもらったそうだ。最初は二人の中国人を部屋の隅に固めて、肉声でウィスパリングをさせたらしい。
 と、いうわけで、この通訳者は毎日8時間ひとりで同時通訳をやれ、と言われた。初日は、仕方なく我慢してどうにか終えたが、「そんな話は聞いていなかった」ということでエージェントに電話して怒りをぶつけた(そもそも「Bランクでいい」と言って通訳者を雇っている割には、随分と勝手なことを言ってくれるじゃないか!)。
 エージェントもそんな事とは寝耳に水で大いに驚いたが、そこで仕事をキャンセルして通訳者を引き上げることもできず、とにかく、どうにかやってくれと言うので、私にも断りの電話をかけてきた。「本当に申し訳ない」と繰り返し、平身低頭している様子が見えるようで、「そんな仕事はしない」とも言えず、結局は断ることができなかった。
 だが、私は一日だけとはいえ、一人で同時通訳を一日8時間できるとは思えないので(それに以前同じような苦い経験もあるし)、助っ人として通訳スクールの特に良くできる中国語ネイティブの学生をひとり連れていくことにした。でなければ、集中力の低下と疲労で非常に質の悪いサービスしか提供できず、自分の通訳者としての評判に傷がつくに決まっている。もともと安い日当を学生と山分けするから、自分の取り分は16,000円。私の通訳者としての史上最低賃金の記録を更新することになるが、ヘロヘロの通訳をするよりは精神的にはいくらかましじゃないだろうか。 

 しかし、「ヨーロッパの通訳者」やAIICの会員に、この話を聞かせたらどんな反応が返ってくるのだろうか。 

2/17(木) 仕事の打ち合わせ

 午後から24日の仕事の件その他の話があってエージェントの会社を訪問。資料をもらってパラパラ見たが、今回もまた溜め息が出そうな分量と面倒くさい内容。
 一緒にウィスパリングをしてもらうISSの受講生に資料を渡して当日の待ち合わせ場所を決めて、先に帰宅してもらった。それから、私とエージェントの社長と、もう一人の先輩通訳者(今回の仕事を21〜23日までやる人)の三人であれこれと中国語通訳市場の話とか、今後の生き残り戦略とか何だかんだと喋っていたら、夜十一時半頃になってしまった。途中で夫に電話を入れて晩ご飯を外で食べてもらうように言っておいたけど、いくら何でも遅くなりすぎ。しかも三人で紹興酒を大瓶三本、小瓶二本って、いくら何でも飲み過ぎ。
 話の途中で先輩通訳者の**さんが何かとても気にくわないことがあったみたいだったけど、私はそのへんの経緯をよく知らないので、何が問題なのかよく分からなかった。
 これが翌日にものすごい結果を引き起こすとは、神ならぬ身の知るよしもなし。

2/18(金) えーっ、何で??

 本当に、世の中なにが起こるかわかりません。

 朝、FAXが入って**さんは21〜23日までの仕事をやらないことになったから、私とうちの受講生さんのペアで四日間連続で現場に入ってくれとのこと。昨夜なんとなく剣呑なムードではあったけれど、まさか仕事をキャンセルするとは!
 これからこの分厚いテキスト(1.5センチの厚み)を全部予習しろって?? 
 あー、考えただけで胃が痛くなる。
 しかし、四日間も連続で日当一万六千円で働くなんて、前代未聞だ。
 これまで一生懸命にやってきて、辿り着いた場所がここなんだろうか…。
 一日だけだから、仕方ないかと思って引き受けたのに…!
 ともあれ仕事の準備だ。明日の通訳理論研究会は絶対にはずせないけど、その他の事は全部おあずけだ。見たいと思っていた映画もやめだ。
 あーっ!通信講座の添削と訳例や解説の作成もあるーーーー! 
 胃が痛いよーー。   こんなところで日記書いてるばあいじゃないんだよーー。
 というわけで、次の日曜日もHPの更新は無理かもしれない。

2/20(日) 仕事の準備

 一日中「危険物取り扱い」の勉強(っていうか、専門用語の訳語調べ)。しかし、こんな専門的な内容の仕事をBランク1名体制で終日ウィスパリングさせようなんて考えついた人は大胆すぎる、と思うのは私たちのように通訳業界にいる人だけなんだろう。
 悪魔がささやく。 「もともと相手はBランク一人でいいと言ったんだよ!それだけの働きを提供すれば役目は済むんじゃないの?半分訳せれば上等だよ!」。うーん。日当が安かったり条件が悪かったりしたら準備なしでいく、ってことができれば楽だよねえ。

 でも、考えてみたら不公平だと思わない?だって、たとえば、きちんとした国際会議だったら、今回のような内容なら通訳者三人体制でやるから、クライアントがAランク二人、Bランク一人を雇ったとする。エージェントの通訳者派遣コミッションを30%として計算するとと、たぶん、一日の費用が以下のような計算になる。

 Aランクの日当 10万円 × 2 = 20万円
 Bランクの日当  8万円 × 1 =  8万円    
 合計28万円+同時通訳ブースのレンタル料金。きっと全部で四十万円くらい。

だけど、今回のクライアントは、あくまでもBランクの逐次通訳の一日ぶんしか払わない。

 Bランク逐次通訳一日ぶんの日当 : 4万円

 こうしてみると、おそらく通訳にかける経費は十分の一程度になる。こういうことが世間に知れると我々は非常に迷惑を被る。同じ質のサービスを受けるのに、これほどの価格差があることが分かれば、誰もまともな料金を払おうとしなくなるからだ。
 Aさんが四十万円出して買ったものを、Bさんは四万円で買っているんだからね。この事実をAさんが知ったら、「この次は私にも四万円で売ってくれないとイヤだからね!」と言うでしょ?それはとても困ることなんだなあ。

2/21(月) 仕事の初日

 のっけからとんでもないことになった。
 第一に、実際に使用するテキストをもらっていなかった!
 前の日に必死で予習していたテキストとは別の資料をみんなが持っている!だって、日程表にはこのテキストだって書いてあるよー。何で別の資料集なんかあるの?血の気がすうーっと引いていく…。
 第二に、ビデオの通訳を同時でやるなんて、全然聞いてない!
 編集されたビデオは時間あたりの情報の密度が高すぎて、シナリオを事前に見ることすらできなかった通訳者にとって同時通訳をしろという注文はあまりにひどすぎる。
 第三に、業界用語が分からない!
 「キュートリ」、「コーボー」、「オツボー」って何だ?
 「給油取扱所」、「甲種防火戸」、「乙種防火戸」だって。
 もう!!テキストには略称なんて書いてないじゃないかぁ!
 と、いうわけで、最初の二時間くらいは、冗談じゃなく、「半分しか訳さない」仕事をしたのでした。私のせいじゃないよね? ね?

2/22(火) 二日目、ちょっと慣れました。

 今日の講義は予定通りだったので、予習が生きた。但し、一番大変な思いで調べ上げた化学物質の名称を半分以上は使わなかったので脱力感に襲われた。せっかく調べたのにもったいないから、講義を受けている中国の人に無理矢理メモを見せたら「こういう薬品とかの名前、全然聞いたことないんだよね。大体、ぼくって文科系じゃん。でさあ、これを中国語で言われても外国語で言われても、どうせ両方ともわかんないわけよ」と言う。徒労感。
 一緒に通訳をやってくれているISSの受講生が、もう、滅法頼りになるので本当に有り難い。この人をパートナーに選んだ自分を褒めたいくらいだ。受講生と一緒の仕事は何度も経験しているけれど、今回が一番らくをさせてもらっているかな。しかし、こんな日当の安い、条件の悪い仕事で申し訳ないなあ。私にはまだ「おいしい仕事」を皆に提供するだけの力がないから、せめて自分の稼ぎを削るしかないんだよなあ。
 しかし、明日の予習をしないで、こんなこと書いてていいのか?>自分。
 仕事はあと二日あるけど、これから先は割に法律的なことで化学関係じゃないから、まあ、それほど緊張することもないんじゃないの?遊んじゃえ!と悪魔がささやいています。

2/23(水) 三日目、疲れてきました

 いま仕事をしているところまで通うのに、自宅から二時間かかる。六時五十分に家を出て、九時始業の十分前に到着して、午後五時まで講義がびっしり。一応予習もしなければいけないから、どうしても毎日の睡眠時間も短くなってしまう。もともとの予定では一日だけで終わるはずだったということもあり、気分的にも疲れてきた。

 一人で数日間にわたって同時ウィスパリングをしていた○○さんは大丈夫だったんだろうか。講義を受けている人が、「先週通訳をしていた人が“これは本当なら通訳者を三人やとう必要がある仕事だ”と言っていた」と教えてくれたから、彼女もかなり参っていたに違いない。先週の通訳者はNHKの衛星放送で中国中央電視台のニュースの放送通訳もしているほどの優秀な方で、当然Aランクの会議通訳者である。きちんとした国際会議なら、これだけ専門的な内容で、密度の高いスケジュールなら絶対に三人体制で同時通訳を行わせるはずだ。中国語の通訳者はAランクだからといって、いわゆる「レベルの高い仕事」ばかりをしてはいない。英語ではAランクの会議通訳者に今回のような条件で仕事をさせることはありえないだろう。中国語の世界で英語のAランクのような扱いを受けられる人は頂上に立っている三、四人くらいしかいないのじゃないだろうか。

2/24(木) やっと最終日。だけど今日も思いがけない事態に…!

 今回の仕事はストレス過多のせいか、昨日の朝からずっと軽い偏頭痛があって、なんとなく頭の中に霧がかかったようですっきりしない。まぶたがぴくぴく痙攣する。しかしようやく今日で終わりだ。最初は「一日だけ」という話だったのが四日間になって、はじめはがっくりしたけれど、よく考えてみると却って良かったのかもしれない。というのは、もし本当に一日しか仕事をしていなかったら、きっと実に不本意な結果になっただろうことが容易に想像できるからだ。少なくとも、今日までの三日間通訳をしてきたからこそ、毎日少しづつ講義の内容がよりよく理解できるようになってきて、訳出の精度も上がってきているのである。
だが、今日もひとつ心配なことがある。昨日の帰りの電車の中で予習をしていてはじめて気づいたのだが、どうも午後の講義に使用する教材や資料が見当たらないのだ。(ここまでは行きの電車の中で執筆)
 
 さて、一時間目の講義が始まってみると、またもや我々通訳者の関知しない資料が出てきた。どうやら先週のうちに配布した練習問題らしいが、我々は今週の月曜日から現場に入ったので、先週配布したものは一切もらっていない。これは前の通訳者からの引継が不十分だったためにおこった問題だ。
 許認可を得るための申請書類の不備などを指摘する課題が出されていたらしく、各グループがそれぞれ担当の課題について報告を行うことになっていたらしい。昨日のうちに今日やることを確認しなかった自分も悪いが、なにしろ毎日の準備が自転車操業なので、まさかテキストと違うことをする可能性には全く思い至らなかった。仕方ないからその場でもらった資料にしたがって同時通訳を行ったが、案の定かなり出来の悪いデリバリーになってしまった。

 こういう時に、通訳者はフェアでないと感じ、思ったような仕事ができなかったことに対して非常に悔しい思いをする。だが、クライアントはもちろんそんなことは知ったことではない。彼らは自分が口で言ったことは何でも全てそのまま伝わっていると思いこんでいる。通訳者と情報を共有する必要性など微塵も考えたことはないのだ。さまざまな要因によって通訳の精度に差が出るとも思っていない。普通の人の考え方はいつも all or nothing だ。通訳者がいなければ情報の伝達はゼロ、どんな通訳者でも一人いれば100%。私は世間一般の人すべてに通訳者の仕事を理解しろとは言わないが、せめて通訳者を使用する人は専門家の意見に耳を傾けるくらいのことはしてほしい。エージェントの意見や通訳者の希望を尊重せずに一方的に劣悪な条件下で仕事をさせておいて、通訳の質や精度を云々するのはあまりに不公平というものだろう。だいたいにおいて、通訳者というものは稼ぎの多寡に関わらず、常に自分に納得のいく仕事をしたいと願っている。だからこそ、日当が安くても本当によい仕事ができたと実感できれば、基本的には満足するものなのである。但し、こういう「金銭は二の次」と考える通訳者の基本的な姿勢によって食い物にされる危険性が常に存在するということを我々は知っておくべきだろう。

 さて、今日は一人の教官の声が小さくてものすごくいらいらした。ウィスパリングと言ったって、やっていることは完全に同時通訳なのだ。ヘッドフォンもなしに肉声の音をとるだけでもすごく疲れるのに、聞き取りにくい小さい声では仕事のしようがない。講義を遮るのは本意ではないが、途中で「聞こえないのでもうちょっと大きな声でお願いします」と要求した。ほんの数分間はやや良かったがすぐに元の小さなボソボソ声に戻ってしまった。私たち通訳者は怒りでお腹の中を真っ黒にしながら非常な努力を重ねて通訳を行った。講義が終わり教官が教室を出た瞬間に怒りを爆発させ「あんな小さい声で、聞こえやしない!全くアタマに来る!」と私が叫び、パートナーも「一発か二発ビンタを張ってやりたいくらいだわ!」とわめいた(もちろん二人とも中国語で。さもないと周りの日本人にわかってしまうからね)。

 今回の仕事で良かったことは、ISSの学生に同時通訳の現場を経験してもらうことができたこと、そして彼女が私の期待以上に活躍してくれたこと(本当に「スター誕生!」と叫びたいくらい)、普段は受講生とゆっくり話をする時間がないが今回は四日間一緒に働いたおかげで昼休みなどにいろいろと通訳の仕事について話ができたこと、かな。

 仕事自体はかなりひどい条件で、ギャラも最低だったから、今後おなじケースがあっても絶対に遠慮したいのである。だいたいにおいて、私はいつも情にほだされて気が進まない仕事を引き受けたりして損をするのだ。今後はもっとドライになって、つまらない同情心は持たないようにしよう、とシミジミ思ったのである。

 

2/19(土) 通訳理論研究会
 午前中はちょっと通信講座の添削をして、それから、とにかく仕事の準備をしようと思ってテキストを開いたら、化学薬品の名前ばかりずらーっと並んでいるものだから、すっかり嫌気がさしたのだけど、それでも一つ一つ調べないことにはどうしようもない。専門の辞書で時間をかけて一個ずつ拾っていく。いくつも調べないうちに昼になった。
 通訳理論研究会があるので、文京区市民センターへ。今日の研究会は船山先生の発表だったせいか大盛況だった。通訳訓練をしていて感じることは、訓練を開始した頃の受講生はほぼ例外なくSLの表面構造にとらわれてしまって「頑張って訳そう」と思えば思うほどTLのデリバリーがうまくいかない。訓練を受けているうちに、徐々に自分の言葉で表現できるようになり、訳出のぎこちなさが消えていく。
 で、船山先生の研究では英語から日本語への同時通訳を分析データとして使ってはいるけれども、結論から言えば同時通訳における言語情報処理も人間の普遍的な言語理解と情報処理の方法を表しているのだ、ということになる。私の場合は中←→日逐次通訳のノートを材料にして認知の方法を探っていて、それも一応「通訳者の言語情報処理」というタイトルではあるけれど、結局、行き着くところは「うまく通訳ができている人の情報処理の方法は人間一般に普遍的な言語理解の方法と同じであり、上手な通訳者は無理な負荷を自分に与えずに落ち着いて言語をとらえている人」ということになると思っている。つまり、パラドックスみたいで面白いとおもうのだが、「上手な通訳者は訳そうとしない」のである。ただ、SLを与えられた上で「訳さない」ことができるようになるには、そしてTLの深層構造においてSLのメッセージが保持されているという通訳の条件を満たすためには、訳すことを突き詰めていく訓練が必要だと思う。だから、プロの通訳者や伝える力のある上手な通訳者は、おそらく経験をつんできてある日ふと「訳すことへのこだわり」から抜け出して自由を手に入れるんだと思う。

 

2/13〜18
2/13(日) お見舞い
 おばさんが病気で西新宿の東京医大病院に入院しているので、母と一緒にお見舞いに行った。悪性腫瘍だというから、どんなにやつれてしまったかと思っていたが、意外に元気そうで何よりだった。ただ、放射線治療で髪の毛が抜け落ちてしまっているのは気の毒だ。
 母が趣味のガラス絵の参考にするために画集を買いたいと言うので、帰りに南口の紀伊国屋書店に行った。上の階に行くのにエレベーターを待っていた時、ドアが開いたら「わはは本舗」の佐藤さんが乗っていた。親切に「これは下に行きますよ」と教えてくれた。ドアが閉まってから、「あれ?さっきの人、芸能人だよね?」と思ったけど、ずっと名前を思い出せなかった。
 本屋の中をかなりウロウロしたけれど、母が欲しいと思っていた画集がなくて、結局ふたりでお茶を飲んで何の収穫もなく帰ってきた。

2/14(月)〜2/16(水) 模様替えと整理
 家の中の模様替えと本棚の全面整理をしているが、遅々として進まない。まず、要る本と要らない本にわけて、次に要らない本の中から古本屋さんに売るものとゴミとして出してしまうものに分ける。それから、それぞれの本の山を分野別にわけて本棚にきちんと並べ直そうと思うのだが、これがすごい大事。それでなくても、分けている途中で昔のマンガなんかを見つけて読みふけったりしてしまうから、余計に時間がかかる。
 本の他に整理が必要なのが洋服。過去二年間は確実に着たことがなくて、将来も絶対に着ないだろうと思える洋服を捨てようと決心して整理しはじめたが、部屋中に広がった服の仕分けだけでも大変だ。それでも、思い切って大きなビニール袋三つ分の衣装を廃棄処分に決定した。

 

コミュニケーション論
 四月から教えに行くことになっている獨協大学の教授から、中国語だけではなく「コミュニケーション論」の授業も持てるか、と聞かれた。私は中国語の通訳や翻訳を仕事にしていて、「通訳教育」は十年以上やっているけれど、「中国語教育」の専門家ではないから、どちらかと言えば「コミュニケーション論」のほうが中国語を教えるよりも得意かもしれない。

 修士論文も、細々と書いている博士論文も、実際には「中国語」とはほぼ無関係で、むしろ「コミュニケーション」を問題にしている。大学院の指導教官が中国語文法の専門家なので、お互いにあまり話が通じないくらいだ。話がかみ合ってこないから、指導教官の研究室にも全然行かないし、必要な時にはんこをもらいに行くだけ、たまに書いたものを送るだけ、という不勉強な学生、不肖の弟子になってしまった。

 だが、獨協で「コミュニケーション論」という話が出た理由を聞いて、ちょっと白けてしまった。「言語文化学科」という名称だから、語学のような実用のものばかりではなく、もっと教養や文化に関わる内容が欲しい、ということらしいのだ。

 「コミュニケーション」は、文化でもなく、教養でもなく、いかに相手に分からせるか、いかに相手を分かるか、という実践なんだ。特に私の論文の中で扱っている問題は、理解と解釈と伝達のための戦略である。しかも、自分の通訳者としての経験にもとづいて、人間の相互伝達の前提となるのは実際にはディス・コミュニケーションじゃないかと思っている。

 我々が「コミュニケーション」と言うとき、頭の中のどっかで、「相手と仲良くする」とか「和気藹々とした雰囲気を作る」とか、そういう方向で考えているんじゃないか?

 言語文化学科の「コミュニケーション論」だから「言語コミュニケーション」を扱うことになるんだろうが、大学側はどういう講義を期待しているんだろうか。内容は勝手に決めてもかまわないのかなあ。

 

社長ヒヤリング
 今日はISS通訳研修センターの社長ヒヤリングがあった。日中通訳コースの顧問講師として、本社に呼ばれて最近のクラスの情況や中国語通訳市場について話をした。
 数年前と現在を比較すると、受講生のレベルや求めているものが違ってきている。以前にはクラスに一人か二人は必ず石にかじりついても通訳者になるという気迫を感じさせる受講者がいたものだが、現在はそれほどせっぱ詰まった雰囲気で授業に臨んでいる人はほとんど見られなくなった。通訳コース本科といっても、語学力の面でまだまだレベルアップが必要であり、会議通訳だけをターゲットに訓練中心の授業をすることが不可能になっていることもある。
 それに、新人が中国語通訳市場に参入することが難しい情況の中で、我々講師も、「努力しなさい。そうすれば通訳の仕事に就けます」とは言いにくい。自分自身の受注状況を見ても、さほどタイトでないのに、ましてや語学面にすら不安の残る受講生に仕事をまわすなどできるわけがない。たとえ非常に優秀な人がいたとしても、この市場のパイの小ささは如何ともしがたい。
 では、会議通訳クラスはすでに成り立たないのか。就業面での希望がもてない情況のなかで日中通訳コース本科はそのフォーカスをどこに持っていけばよいのか。社内通訳でよければ基礎課までのカリキュラムの延長線として、語学力の向上に焦点をあてた訓練をするだけでよいだろう。同時通訳まで学ぶ必要はないし、会議の準備の仕方を教えることもない。自分が使った専門的な会議の資料をテキストとして与えるのは受講生にとって過大なストレスになるに違いない。
 私が歩いてきた道を振り返ると、最初は先生に連れられて、次に先輩通訳者とともに、そして同期の通訳者と一緒にブースに入って仕事をするという段階を経てきた。数年前までは、次は後輩や学生を連れて会議に出ることになるのだと思ってきた。だが、この市場のせまさと労働条件の低下が、後進に道を開くことを困難にし、職業としての通訳から魅力を奪っている。
 教えたいこと、伝えたいことは沢山ある。会議通訳という仕事の素晴らしさ、やりがい、面白さを知ってほしいとも思う。だが、その一方で「教えてどうなる?」という声が聞こえてくる。デビューする機会がごくわずかであっても、なお研鑽をしたい、収入は他で得るけれども通訳訓練を受けたいという、奇特な人だけを相手にしろというのだろうか。あるいは、通訳者になるのは歌手や俳優として成功するのと同じくらい難しいけれど、この道を選んだのはあなた自身だから必死でがんばりなさい、でも仕事を得られる保証はしないし、通訳者としての年収は決して一千万円には届きませんよ、と言うべきなんだろうか。こうなってくると、職業として見た場合に、通訳業は専門職ではなくアーティストのようなものだと考えなければならなくなる。通訳訓練は職業訓練ではなく言語芸術の修行になってしまうわけだ。−−−2000年 2月10日 木曜日

 

翻訳通訳料金
 エージェントのH社から電話があった。最近、翻訳や通訳の料金をかなりの低価格で提供するエージェントが乱立し、現在の料金設定では仕事がとれないと言う。そうかもしれない。私自身の実感としても、最近の中国語関係の市場は混乱気味である。特に翻訳料金についてダンピング傾向が強い。
 H社は非常に良心的なエージェントで、社内での翻訳チェックもきちんと行っている。普通のエージェントには中国語に精通したスタッフがいないので、日本語の表現だけをチェッカーが直すことが多いのだが、この会社は日本語の流暢さだけでなく、訳出の正確さも日中両方のネイティブによってチェックしているのだ。こういう信頼性の高いエージェントがある一方で、「わからなかった部分は適当にごまかせ」などと言う無責任なエージェントもある。
 中国語から日本語への翻訳は十年以上前から400字3000円という相場だったが、ここにきてその半額あるいはそれ以下という値段を打ち出しているところが増えてきた。クライアントは、とにかく通訳翻訳サービスにはなるべく金をかけたくないものだから、数社から見積もりを出させて最も低価格のエージェントを選ぶことになる。これは「安かろう悪かろうで結構!」という積極的な意図があってのことではないようだ。客先は翻訳通訳に品質の差があるとは思っていないか、あるいは問題になるほどの差はないと考えているのではないだろうか。
 とりあえず大体の意味が分かればいいのなら、我々は頭から自分勝手にどんどん訳して、わからない部分は適当にごまかし、推敲なしで納品することで安い料金に対抗するようになるだろう。自ら価格破壊を行って少しでも多くの仕事をこなすことだけに没頭するであろう。
 その結果として、外国語にも日本語にもいっさい敬意を払わない粗製濫造の翻訳が量産される。このような情況が新しい形の日本語を創造する試みになるだろう、と言ったらあまりに皮肉だろうか。−−−2000年 2月9日 水曜日

 

最近見た映画

「雨あがる」:しみじみと落ち着いたいい映画だ。ストーリー以外の部分では、殺陣も本格的だし絵もきれいだ。宮崎美子という女優は、あまり好きなタイプではないが、この映画では適役であったし、かなりいい感じだった。それにしても、三船史郎のしゃべり方がお父さん(三船敏郎)そっくりで、しかも完璧に台詞を憶えすぎた弊害だと思うが、台詞の意味のないところに息継ぎのポーズが入ってしまうところまで似ている。

「ファイト・クラブ」:面白かった!テレビの宣伝や予告編からは想像のできない結末。最後のほうに「ええっ!」と驚く種明かしが用意されているので、詳しくは書けないが…。エドワード・ノートンも、ブラッド・ピットもはまり役だった。それほど期待していなかった映画なので、得をした気分。

「The World is not enough」:おなじみの007シリーズなので安心して見られる。よく考えてみると、ボンド役のブロスナンって毒にも薬にもならないような単なる色男だ。だけど、そのほうが飽きが来なくていいのかもしれない。今回はソフィー・マルソーが銀行家の娘役で出演していた。大人なったソフィーはすらっとした美人に成長。でも少女の頃と比べるとやはりトウが立った感じは否めない。彼女の役所は(これも詳しく書けないんだけど)、単なるきれいなお嬢さんではなく、ちょっと複雑なキャラクターで面白かった。ボンド・ガールになったデニス・リチャーズは「スター・シップ・トゥルーパーズ」の師範学校優等生役から、先生や警官とぐるになって大金をだまし取る女子高校生の役(タイトル忘れた)、今回の博士役と順調に出世。ちょっとファニー・フェイスだけど、なかなか魅力的だ。−−−2000年2月8日

 

2000/01/31〜/02/06

 先週は非常に忙しかった。

 月曜日から水曜日までは韓国に出張。木曜日は大学院のゼミに出席した後にクラスメートとお茶会。五年間通った大学院の、最後の授業だった。

 夜七時頃に帰宅したとたんにエージェントから電話。自動車関連の翻訳が入ったので、金曜日は一日翻訳の仕事。中国語のデータが詰まったエクセルのファイルをメールで送信してくれたので、上書きで日本語へ翻訳していく。

 土曜日は朝から小説の出版翻訳関連で読み合わせがあったので、朝8時に家を出て、電車の中で自分の担当箇所をチェック。帰りの車内で通信講座の添削と、韓国旅行記の執筆。帰宅後、引き続き翻訳の仕事。エクセルのシートが14枚で、締め切りが月曜日の朝なので割に根を詰めなければ間に合わない。翻訳にいい加減飽きたところで、電車の中で作った韓国旅行記にちょっと手を入れてwebにアップした。

 日曜日。通信講座の添削を送信してから、完成した翻訳原稿をひととおりチェック。夜は映画館のレイトショーで『007』。 −−−2000年2月7日

 

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