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放送翻訳の選択的伝達に関わる課題

 

■ はじめに
 放送における翻訳は、ある意味では文学や学術書の翻訳ほど重要なものではないかもしれないし、検討すべき学問的課題も多くないだろう。しかし、今や毎日の放送におけるその量と社会的影響は無視できないものとなっている。小論では放送翻訳を巡って、テレビ国際報道の翻訳について考察してみたい。
 テレビの二か国語ニュースでは、まず外国語から日本語に翻訳した放送原稿を作成し、放送時間にはその翻訳原稿を画面と原語のアナウンスに合わせて読み上げる形式を採っている。一般には「放送通訳」と呼ばれているが、ここでは紛らわしさを避けるために、一律「放送翻訳」と呼ぶことにした。また小論で考察の対象とするものはテレビの二か国語放送のニュース翻訳(時差通訳)に限った。また、本論で取り上げるテレビ局は日本のNHKと香港電訊テレビ(以下CTNと略称)とした。

■ 放送翻訳の社会的機能
 現代社会においてマスメディアの果たす役割は非常に大きい。新聞、テレビ、ラジオなどは現代社会に欠かすことのできない必需品である。それはこれらのメディアが迅速に国内外の情勢を伝えてくれるからに他ならない。一つの社会がどれだけの情報を得るかということは、その社会全体の方向性をも決定づける大きな要因ともなっている。マスメディアの報道は社会に奉仕することを目的としているが、結果的にはさらに社会全体の動向や文化を位置づけ、方向づけるものでもある。マスメディアは社会の中で有機体として機能し、社会全体の様々な活動や発展と密接に結びついている。国際化のなかで、日本と世界を結びつける国際報道もまたその重要性を高めている。
 国際ニュースが日本語になって一般視聴者のもとに届けられるまでにはいくつかの段階を経なければならない。まず、ニュースになる事件が発生し、それを誰かが伝達すべきものであると考える。次にその事件の目撃者や関係者および現場を記者が取材して報道の切り口を決定し、撮影やニュース原稿の作成を行なう。第三段階では、そのニュース原稿や映像を編集する。第四段階でそれぞれのニュースが外国に配給される。そして第五段階で放送翻訳が行われ、最終段階で音声言語と画像がテレビニュースとして放送される。
 このように、一つの事件はいくつかの段階を経るたびに受容・選択・伝達が繰り返されてマスメディアを通じて人々に届けられるのである。国際ニュースの場合は第五段階の放送翻訳でも受容・選択・伝達が再度行われるので、国内ニュースに比べて一段階多いことになる。このとき、アナウンサーの読みの速さや原稿の冗語の圧倒的少なさなどの情報密度が放送翻訳にとって大きな課題となる。全てを漏らさず伝達しようとすれば勢い非常な早口になり、情報は短時間に圧縮されて密度を増し、視聴者にとって理解しにくいものになりがちである。しかし聞きやすくわかりやすいことを重視して情報を落としていくと原語に忠実でなくなったり、却って前後の関係がつかみにくい不親切な翻訳に陥る可能性もある。翻訳者の取捨選択の方法がニュースの質にもかかわる問題となってくる。すると、視聴者が世界の出来事を知る時には、そのニュース自体の内容からだけでなく、知らず知らずのうちに放送翻訳者の受容・選択・伝達の態度や形式からも影響を被っていることになると言うことができるかもしれない。このような意味からいえば放送翻訳者は国際ニュースの伝達における「Gate Keeper」の役割を担っていると言ってもよいだろう。ちなみに、NHKでは翻訳原稿のチェックも行われているが、英語以外では日本語表現の適否にとどまり、内容までチェックする機構はない。

■ 放送の特徴と放送翻訳
 ニュース放送は根本的社会全体に向けて発信されるものである。それが放送翻訳の言語的特徴を形成している最大の要因となっている。
 最初に、言語的な側面から見ると、ニュース放送に用いられる言語表現は、話し言葉と書き言葉の中間的な位置にある。話し言葉ほどくだけてはいないが、書き言葉ほど硬くもない。話し言葉と違って冗長な部分が非常に少なく、同じ字数で比較すると情報の密度は高い。しかし、視聴者にわかりやすいことも同時に考慮しなくてはならないので、書き言葉ほど情報過密に陥ってはならない。伝達は音声で行われるので、同音異義語が多く聞いてわかりにくい漢語の多用を避け、適度に和語を用いることが望ましい。テレビというメディアでは、言語は基本的に音声言語として用いられ、視覚に訴えているものは文字ではなく関連する映像であるため、一般の翻訳のように文字言語による視覚的な理解に頼ることはできない。また、公共性の高いメディアであることから差別語などの放送禁止用語を使うことはできないなどの制約がある。これは社会全体がその翻訳の受容者であることと関連している。つまり、ニュースのことばはその時代のその瞬間において最も普遍的かつ標準的な「ことばの平均像」となっている。このため、テレビニュースが語学学習に用いられることも珍しくない。しかし「平均像」であるがために、却って、話し言葉でもなく書き言葉でもない、実際にはニュースの外にはない言語像を生み出す結果ともなる。
  さらに、放送翻訳に対する受け手の受容態度も文芸翻訳や学術翻訳とは大きく異なる。放送の視聴者は言語表現の美しさを鑑賞するためにニュースを聞くわけではなく、迅速で正確な情報の提供を期待している。視聴の重点は言語表現よりも内容に置かれているわけである。しかも、ニュース番組という性格上、どちらかといえば、精神を集中してじっくり見るというよりも、気楽に聞き流す態度が一般的であろう。このため、ニュースに用いられる言葉は文学や学術書と比較すれば、ごく一般的な語彙で構成されており、難解な専門用語は出現しないか、出現したとしても適宜解説が補足される。これも放送が社会全体を受け手として設定していることが原因である。したがって、放送翻訳者には文学的センスも専門知識も特に求められない。放送翻訳者に必要なのは、むしろ時事用語に関する広範な知識と、時間内に正確に内容を伝達するための翻訳技術と、音声表現の能力である。
 第二に音声言語表現としては、オリジナルの速度がかなり速いこともその特徴のひとつである。どの国のメディアでもニュースを伝えるアナウンサーは通常の話し言葉に比較して早口である。現在、日本のテレビニュースのアナウンサーは、一分間に約300字以上の速度で原稿を読む。これは中国中央テレビ、香港CTNのアナウンサーも同様で、中国語のニュース原稿読みはやはり一分間あたり約300字前後である。普通の会話の速度ではほぼあり得ない速度だ。これは放送の速度に合わせて翻訳原稿を読む放送翻訳者にとって大きな困難をもたらす。だがその一方で、これらのニュースは訓練を受けたアナウンサーによって読み上げられることから、地方の訛りや標準的でないアクセントおよびイントネーションが出現することはめったにない。これはその放送を翻訳・通訳する側にとっては大きなメリットである。
 第三に、放送は基本的に自国内の視聴者に向けて行われるため、起点言語テクストは外国語に訳されることを前提としていない。したがって、当該国内の特殊事情であっても自国の視聴者に自明な事であれば説明を加えることはない。例えば、中国中央テレビのニュースでは、しばしば機関団体の名称は略称で示される。これに適宜解説を加えたり、正式名称をつけ加えたりしようとすると、速度的に間に合わなくなるため、結局はそのまま説明抜きで伝えることになり、日本の一般視聴者にとって理解しやすいことが時間の犠牲になっている。その結果、英語をのぞく特殊言語のニュースを聴取する受け手は、その言語を母語とする外国人居住者や、その国や地域に比較的関心のある視聴者が大部分である。現在のところ、二カ国語放送をオリジナル音声で聞いているか、副音声(翻訳)で聞いているかの調査統計はないが、特殊言語のニュースの受け手を一般視聴者にまで拡大していくことは容易でないだろう。

■ 放送翻訳の形態と仕組み
 放送翻訳は音声多重放送(二か国語放送)で用いられ、ここ十年間ほどですっかり定着してきた。主に海外から入ってきたニュースを日本語に訳して伝えるもので、現在は英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・ロシア語・韓国語・中国語標準語・中国語広東語・ベトナム語・タイ語など様々な言語で二か国語放送が行われている。この放送翻訳は時間的な面から以下の三種類に分けられる。

時差通訳:放送前にビデオや原稿などをあらかじめ翻訳し、オンエアの時に画面にあわせて翻訳原稿を読み上げる形式。
セミ時差通訳:翻訳をする時間的余裕がなく、ビデオや放送原稿を一回見る程度ですぐにスタジオに入って通訳を行なう形式。
生同時通訳:突発的な事故や緊急事態が発生した場合、事前準備なしで同時通訳を行なう形式。 

最近の例でいえば、香港返還報道では3と2が大部分を占め、非常に即興性の高いものであったが、通常、毎日行われている定時の海外ニュースの放送翻訳は、そのほとんどが1の時差通訳である。すなわち、放送翻訳はオンエア時には音声で伝達するため一般に「放送通訳」と呼ばれているものの、実際には翻訳であると考えたほうがよい。
 さて、NHKの例では、放送翻訳者は自分の担当するニュースを翻訳することになっている。この翻訳は、海外から入ってきたニュースビデオを見ながら行われるもので、文字から文字への翻訳とは異なり、音声から文字への翻訳ということになる。翻訳に使える時間は、担当放送時間のおよそ二十〜三十倍程度(担当時間5分間なら一時間半〜二時間半)であろう。この翻訳所用時間は、資料調査なども含めることを考えると決して長いとはいえないが、必要最小限は満足している。NHKの場合は、他の放送翻訳者が翻訳した原稿を読むことはない。
 一方、香港CTNの例では、現在一日二時間の二か国語放送に対応するため、翻訳とニュース読みを兼任する数名のスタッフと専ら翻訳を行なうスタッフの両方を配備して、放送局から送られてくる字幕原稿を事前に分担して日本語に翻訳する。これはアナウンサーの読み上げるニュース原稿を、そのまま中国語の字幕として画面に出していることから可能になるのである。つまり、ニュース原稿ができあがると、字幕用にコンピュータでタイプアップし、ほぼ同時に日本語センターと呼ばれる翻訳通訳者の仕事場にデータ送信してくる。このときにコンピュータのモニターからはニュースの順序が目次風に並んだメニューを呼び出すことができ、そのニュース原稿はメニュー画面から選択して読み出し、印刷する事が可能である。そして通常は印刷したニュース原稿を見ながら翻訳原稿を作成し、プリントアウトして読み手に渡す。オンエア時には、読み手は自分あるいは他の翻訳者の翻訳したニュース原稿を見ながら画面に合わせてその翻訳原稿を読み上げるのである。このように、日本でも香港でも、事前に翻訳を行なう、画面にあわせてその翻訳原稿を読むという作業を行なうのが放送翻訳の基本である。日本のNHKでも香港の傳訊電視でも、翻訳に使える時間には限りがあり、じっくりと訳文を練り上げる余裕はない。

■ 放送翻訳の課題
 放送翻訳においては放送時間と画像の移り変わりに合わせて情報を伝達しなくてはならないため、翻訳原稿を作成する場合にも、同時通訳的に訳していくことが必要である。但し、会議など一般的な同時通訳とは異なり、すでにオリジナルが呈示されているため、オンエア時にはオリジナルの情報を先に出すことも可能であるし、また情報の先出しを全くしなければ画面の変化に速やかに対応していくことは難しい。この情報の先出しは漢文訓読式に後ろから訳し上げる形式を指すのではなく、あくまでも原語の情報呈示順序にしたがって順送りに訳し下げていくことが重要だ。翻訳原稿を読んでいるとはいえ、放送通訳者は同時にヘッドホンで原語を聞いているのだから、耳に聞こえてくる原語と自分の訳文があまりに大きく隔たっていると、注意力が分散し、読みの速度を調整することも困難になるからである。
 実際に放送翻訳に従事しているCTNのスタッフから、ニュース読みをする「通訳者」の便宜のためにオリジナルの情報提示の順序に沿って日本語の翻訳原稿を作成すると「不自然な日本語」になりがちである、「日本語らしい日本語」にするためには相当大幅な変更を加えなければならない、ニュースはあくまでも視聴者のために提供されるのだから良い日本語にすべきだ、という問題点の指摘があった。この問題に関して以下に所見を述べてみたい。
 第一に「視聴者にとって自然に響く日本語らしい日本語」でニュースの翻訳原稿を作成する絶対的な必要性があるかどうか。視聴者はそれが海外のニュースであることを承知で視聴しており、しかも「美しい日本語」を聞くことを目的としてはいない。
 第二に、オリジナルの情報提示の順序を変えなければ「聞きやすい日本語」にならないと本当に言えるのかどうか。もしも、それが事実とすれば国際会議の同時通訳がこれほど普及しなかったのではないだろうか。人間の言語認知は割合に柔軟なものなのではないだろうか。
 第三に、オリジナルの順序や言い回しを大きく変更して翻訳原稿を作るなら、ニュース読みは原語のわからないアナウンサーにさせたほうが良いだろう。本職のアナウンサーであれば時間内に正確に原稿を読み終えることができるし、音声表現のレベルも通訳者に比べて高いし、原語がわからなければ、その干渉を受けることもない。
 さて、二カ国語放送のニュース読みの難しさはどこにあるのだろうか。原語と同じ時間内に訳し終わることは、会議の同時通訳でも同様に求められているが、会議のスピーチは放送に比べれば圧倒的に長く、訳出が多少遅れても、全体の時間内で適宜調整することが可能だ。訳し漏れや誤訳があった場合は、その後に時間的余裕が生まれた時点であとから追加したり訂正したりすることもできる。しかし、放送の場合は一つのトピックに費やされる時間が非常に短い(一つのニュースが一、二分で終了し、すぐに次の話題に移る)ため、時間的制約は更に厳しいものになる。そこで、放送翻訳ではオリジナルに含まれる情報を損なわないことを前提として、語彙的あるいは文法的な操作を通じて、いかに少ない言葉で等価な情報を伝達するかが技術的課題となってくる。
 当然考えられる方略としては、次のようなものがあげられるだろう。まず外国語から日本語へ翻訳する際に、日本語では明確に言語化して伝達する必要のないものから切り捨てていく。また、原語が数語を費やして伝達しているものを一語で置き換える等、情報の量を圧縮して伝達し、それが視聴者の受容後に原語に近い意義と意図に還元展開されればよい結果になるだろう。他にも、テレビというメディアの特徴である視覚効果を利用し、画像でわかることは省略するという戦略もおそらく用いられているはずである。

■ ニュース翻訳の実例
 最後に、外国語から日本語への翻訳を例に挙げて原文と訳文を比較する。次の例は実際に放送されたものではなく、NHK国際放送のラジオ中国語ニュースを報告者が日本語に翻訳したものである。同じ時間内に読み終えることを目指すため、原文の字数とほぼ同じ字数に訳すという制約を設けた。実際の放送通訳では、以下の例よりももう少し省略部分が多いようである。

1.カンボジア、国連に国際法廷設置要求を提出

  就柬埔寨要求設立国際法庭,對原首相波尓布特等進行審判一事,
 カンボジアの国際法廷設置要求とポル・ポト元首相らに対する裁判

聯合国秘書長安南二十四号要求聯合国大会和安理会對此問題進行討論。
について、国連のアナン事務総長は24日に安保理に話し合いを求め

設立国際法庭對波尓布特政權時代的大屠殺等非人道犯罪進行審判這一
ました。これは、ポル・ポト政権時代の大量虐殺など、非人道的犯罪

要求,是先前柬埔寨的拉那烈和洪森兩位首相在給安南秘書長的信中提
を裁くことにつき、同国のラナリット、フン・セン両首相が、アナン

出的,并要求安南秘書長給予合作。對此,安南秘書長認爲這个問題在
事務総長に書簡で協力を要請したものです。  アナン事務総長は、

聯合国大会和安理会上都可以討論,而要求聯合国大会議主席和安理会
国連大会および安保理で話し合うことが可能であるとし、今後の措置

主席就今后可能采取的措施進行研究。在設立国際法庭的問題上,美国
についての検討を求めています。    国際法廷設置については、

表示了積極的態度。而曾經支援過波尓布特派的中国,似乎表示反對。
アメリカも積極的です。しかし、かつてポル・ポト派を支援した中国

這次安南秘書長之所以要求聯合国大会也討論這一問題,是因爲在安理
は反対する見込みです。今回、国連大会での討議を求めたのは、安保

会表决通過决議的話,設立国際法庭仍有可能。
理通過による法廷設置の可能性が残されるためです。

(オリジナル:289字、翻訳:286字)

2.神戸市須磨区小学生殺人事件

  鑒于日本一家雜志登載了殺害神戸市須磨区小学生的嫌疑犯,即被
  ある雑誌が神戸市須磨区の小学生殺人事件の容疑者、つまり既

逮捕的中学生的照片,而且還在国際互聯网絡上登載了這名中学生的名
に逮捕された中学生の顔写真を掲載し、インターネットで実名を公開

字,法務省認爲這有可能構成侵犯人權,而决定對此進行調査。
したことで、法務省は人権侵害にあたる可能性があるとして調査を行

  Ling外,神戸律師会也以少年法規定不得在出版物等上面登載可
なうことになりました。また神戸市弁護士会も少年法の規定により出

特定少年作案事件嫌疑犯的文章及照片,因此這一侵犯少年人權的行徑
版物等に容疑者本人を特定できる写真や文章を掲載することは禁じら

是不能容忍的。由此一号向該雜志出版社發寄了要求停止出售的函件。
れている、許し難い人権侵害であるとして、昨日一日、販売中止請求

此外東日本鐵路運輸公司、東京都營地鐵、各車站及部分方便商店也决
の書簡を送り、JR東日本、東京都営団地下鉄の駅売店と一部のコン

定:不銷售這一雜志。就登載照片的理由該雜志出版社説:本来也是有
ビニエンスストアも販売を取りやめています。写真掲載の理由につい

意見認爲不應当刊登照片,但我們考慮到這次事件的殘忍度和特異性,
て出版社側は「載せるべきではないという意見もあったが、この事件

認爲這是超越了少年法規定的范圍的犯罪,所以做出了登載照片的决定。
残忍かつ特殊で、少年法の規定する範囲を超えていると考え、掲載を

  就此問題日本首相橋本今天在首相官邸對記者們説:發生了這樣的
決めた」と述べています。橋本首相は今日首相官邸で記者の質問に答

事情是很遺憾的。登載照片到底有什麼好處?這是一个嚴重的問題。
え、「非常に残念だ。掲載に意味があるのか。ゆゆしき事態だ」と述べました。

(オリジナル:343字、翻訳:347字)

■ おわりに
 1997年7月1日に香港は中国に返還された。報告者は実況中継を同時通訳するために6月29日に香港へ飛び、1日午前零時、すなわち香港の主権がイギリスから中国へ移った瞬間からスタジオに入り、翌朝6時までの放送を同僚と二人で担当した。
 今回初めて放送通訳を体験したわけだが、江沢民や董建華のスピーチ、あるいはインタビュー等は会議の同時通訳と同じように対応できると感じた。一方、最も難しかったのは、アナウンサーの話す速度が非常に早いことである。返還報道の特別番組のせいか、アナウンサーの読み原稿は事前に提供されなかった。このときに読みの速度に圧倒されながら同時通訳を行いつつ考えたことが、このレポートを書く契機になっている。つまり、二カ国語ニュースの翻訳で情報を伝達する上で、オリジナルに忠実であること、聞き手にとってわかりやすいことを両立させながら、言語表現はどこまで圧縮することが可能だろうか、という問題である。実例で試みたようにオリジナルで動詞と名詞からなる句を日本語へ翻訳する際には動きを潜在する名詞にまとめること、または既出の情報をなるべく繰り返さないこと、主語・副詞・修飾語を適宜省いてゆくこと、等の方法が適用できるのではなかろうか。ここでは中国語から日本語への翻訳を例にあげたが、他の外国語から日本語へのニュース翻訳も、日本語のもつ特色を十分に活かすことで情報の圧縮が可能になるのではないだろうか。この点について、今後も検討していきたいと考えている。                                             以 上